odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

堀田善衛「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)-2

2022/08/02 堀田善衛「ラ・ロシュフーコー公爵傳説」(集英社文庫)-1 1998年の続き

 ラ・ロシュフーコー公爵家はフランス南部の名家。この名を持つ土地を所領にして、フランス王の覚えも愛でたかった。本書の主人公フランソア六世・ド・ラ・ロシュフーコー公爵は1613年生まれ。感想1にまとめたフランス王と貴族、あるいはカソリックプロテスタント、あるいは周辺諸国の横やりや後押しによるいさかいや争いにおいて、コンデ公を支援するように働いた。したがって前半生は戦いの日々であり、当時の貴族の常として支出は多いが領地の収入は減少する一方(戦で人が流動し耕作が滞る)で借金に苦しむ(そこで年若い家令のグールヴィルが全土を神出鬼没して、王の周辺や貴族、聖職者などとの関係を結び、ついにはフランス宮廷の財務担当大臣にまで出世するという愉快な物語がついている)。武弁一方ではなく、読書に励むような知識人でもあり、40代の若さで痛風を発症し家族のほとんどを失ったときに、パリの貴族サロンに招かれるようになった。それは知的な女性が主催し、政治的な情報を得ようとする場でもあったが、眼目は新しい文芸の披露と批評であった。それまでの詩の朗読や劇の上演にかわり、「肖像」という人物デッサンやマキシム(箴言)を読み上げるのである。それを聞いた人々は批評批判しあい、すぐれたものを出版するのであれば支援するような場であった。戦乱と動乱の世にあって、おそらく数百人という少数であっても互いに顔見知りであり長年の付き合いで気心も知れている場で、文芸が育てられたのであった。
(おもいかえせば、貴族のような知的人物が文芸を切磋琢磨するというサークルやサロンが成立したのは中世日本の宮廷と、17世紀フランスのサロンくらいではないか。)
2016/04/15 堀田善衛「定家明月記私抄」(ちくま学芸文庫) 1986年
2016/04/14 堀田善衛「定家明月記私抄 続編」(ちくま学芸文庫) 1988年
 そこにおいてラ・ロシュフーコー公爵はマキシムの名人であった。ずいぶん昔の学生時代にラ・ロシュフェコー(岩波文庫の著者名による)の「箴言と考察」を読んでいる。もちろんそのときには、著者がデカルトパスカルの同時代人であることも、「フロンドの乱」と呼ばれる宮廷の内輪もめに端を発する内乱に参加していたことも知らなかった。ただ、この人のひどくペシミスティックで辛らつな文章と意見にはとても興味を持った。手元にある文庫を持ってきて、当時の自分が印をつけたものを書き置くと、

「太陽と死とは、じっとして見てはいられない。」
「われわれの美徳は、ほとんど常に、仮装した悪徳にすぎない。」
「ほんとうに愛しなくなったものを、またあらためて愛することは不可能だ。」

という具合に、よく知られているものに反応する凡庸な若者だった。それに同じ主題や内容の箴言がページを変えて繰り返される。ひとつにまとめて体系化することも可能だろうと考えたことがある。あいにくPCのカード型データベースを知らなかったのでとん挫した(同様の集約化をする論文がどこかにあったと記憶)。しかし、同じテーマの繰り返しは作者の意図であることを知り不遜な考えであったことを知る。マキシムは文脈(コンテキスト)を持たず自己完結したもので、それ自体を味わうものであり、分散しているところに価値がある(その点和歌に似ているな)。重要なのは人間を観察すること。神さまと照らし合わせることなく、人間の言動をみましょう。というわけで公爵が関心をもつのは虚栄心、情熱、自己愛など。公爵の手法は「〇〇は△△に過ぎぬ」という否定的断定法(という名前がついているんだ、へえ)。それは受けたけど、人間に対して厳しすぎる、単刀直入に過ぎる、寛容に書ける、復讐心がある、虚無的であるなどの批判批評がサロンであったらしい。(若いころには公爵の否定的断定法に驚かされたものだけど、理屈っぽい自分としては体系だった政治哲学で考えたい。人間を突き放した公爵のマキシムをそのまま受け取ると、他人の価値を低くしてしまいそうだ。そこから正義や善のまとまった考えをもたらさないとなると、モッブの冷笑と政治への無関心を生みそうだ。)
 作者堀田善衛はこれまでに藤原定家ゴヤモンテーニュ等の評伝-小説を書いていたのだが、そこでは作者と対称の人物は離されている。彼らの感情を書くときには、作品を読み上げて、そこから掬い取るようにしていた。しかし作者最晩年の作である本書では、語り手は公爵その人になる。なので、感情や心理は独白として地の文として描かれる。すると記述者である作者堀田善衛の姿が消える。というかいうべきことが失われる。最後あたりの章でマキシムを並べるとき、注釈・解釈は書かれず(モンテーニュや定家ではあれほど言葉を費やしたのに)、ひとことの慨嘆くらいしか追記されない。マキシムで十分に語りつくした自己完結した者なので、もはやなにも付け加えることはない。語り手の存在がなくてもよい文芸形式なのだ。
 あとは、公爵はラ・ファイエット夫人(21歳年下)と懇意であり、彼女の書いた「クレーブの奥方」の出版に尽力したことを追加しておこう。公爵はデカルトパスカルをよく知っていたのみならず、モリエールやラ・フォンテーヌらも知っていた。公爵を描くことで、17世紀フランスのサロンの広がりや知識人たちのつながりが見えてくる。

 

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 長い時間がかかった堀田善衛の作品読み直しもこれで終了。楽しませていただいたし、おしえていただきました。ありがとう。

ダンテ「新生」(岩波文庫) 俺が見るところ本書は詩作を志す人々への指南書。擬人化された「愛」が苦悩するダンテの魂を浄化する。「神曲」天国編の予告。

 イタリア(という国も概念もなかった時代だとおもう)の大詩人ダンテが若き日に書いた。

1293年前後、詩人が28歳のころ、それまで書きためた詩31編を骨子にし、これらを分析解説する散文を加えて全42(もしくは43)章にまとめあげた詩文集。詩の内訳はソネット25編、カンツォーネ5編、バッラータ1編で、一般には若き日のダンテの習作と考えられがちであるが、子細に検討すると、第23章のカンツォーネを中心に、長短の詩編に振り分けて、10+(10+1)+10=31編という構造をとらせ、三位(さんみ)一体説の数に基づいて「愛」の物語を展開している。

kotobank.jp

 本書を編むきっかけになったのは、ダンテがベアトリーチェという女性に邂逅したこと。それは彼女が9歳の時と18歳のとき。あいにくベアトリーチェはダンテを避けるようになり、別人と結婚したのち24歳で夭逝した。ダンテは衝撃を受け、以後数年間ベアトリーチェの面影を慕い、ついに上記のような詩文と作り、さらに「新生」をまとめ上げた。ここにはダンテの心情が近代的な意識でもって事細かに書かれていて云々、というのが、訳者山川丙三郎の解説に書いてあったような。


 いや、待て。それは近代的意識を持つものが歴史の後先を無視して近代を優位にする見方なのではないか。というのが読後の感想。なんとなれば、1293年といえば、騎士道がまだ有効な時期であって、あったこともない、言葉を交わしたこともない淑女に騎士は忠誠を誓い、彼女への永遠の愛を実践しようとするのであった。この時代にはロンドー、バラード、モテトゥスなどの世俗詩が曲をつけられて、各地で歌われていた。そのなかには、収録されたダンテのモテットと同じような発想の詩があった。そのような同時代を想起すれば、ダンテのソネット他の詩や「新生」と名付けられた散文が類例のないような文集であるわけはない。似たような本はもっとあったはずだ。ダンテの心情は真摯であるのは疑いないが、本作の趣向がユニーク(唯一無二)なわけではない。当時の流行りや古典をなぞらえて作られていると思う。
 しかし同時代の似たような詩や散文が埋もれているのに対し、ダンテの作品が重要であるとされるのは、彼が俗語で書いたことに他ならない。他の人たちは共通語であり、知恵の言葉であるラテン語を用いた。そこにダンテは俄然として俗語を使ったのであり、一人で独力で言文一致の言語革命をやり遂げたのだ。その新しさに気付くのはおそらく200年後のルネサンスのユマニストたち。彼らもまた言文一致の言語革命をグループで行ったのであり、先駆者を見つけたことは心強くされたのではないか。
 さらに妄想をたくましくすれば、ダンテの詩文は歌と一緒に流布され、一部はヒット曲になっていたのだろう。たいていの場合は、詩文は単独で読まれるのだが、ダンテはそうではないという。それぞれは単独で読めるが、連続して読めばひとつの物語が浮かび上がるのである、そこには詩文からは読み取れないベアトリーチェへの愛と喪失からの回復というテーマがあるのだ。そこまで読み取られることを希望したので、ダンテは流布された詩文を一つに集め、通底するテーマがあることを示したのである。
 各詩文には構造の解説があるが、これは詩作を志す人々への指南となっている。これを通読すれば詩作の重要なことが体得できる教科書になっているのだろう。(旋律の話が出てこないのは、おそらく当時は個々の言葉や発音ごとにフレーズが決まるようなルールがあったからと妄想する。単語を読んでいるとそれが歌になるのではないかなあ。あたかも日本の和歌のように。)
 詩文のできた由来を説明する散文では、擬人化された「愛」が登場する。悲嘆、沈鬱、懐古、悔恨、後悔、憧憬、郷愁などに暮れるダンテに、「愛」は夢の印を示したり、意味を伝えたり、道を指し示したりする。それに従ううちに、ダンテはベアトリーチェへの痛哭を克服するに至る。なるほど、この流れは後の「神曲」につながるものだ。ことに「天国篇」。魂、すなわち理性が浄化されるにいたるから本作品は「新生」と呼ばれるのであり、この道を通ったから長大な「神曲」を開くことができたのだね。
(読みながら聞いたのはヒルデガルト・フォン・ビンゲン。彼女はダンテの1世紀前の人なのであわないのだけど、ダンテと同時代の音楽家を知らないのだ。)

 

  

 

 「新生」を中世思想の文脈で読んだのが、中沢新一「ハッピー・エンド(@虹の理論)」。ここに登場する「心臓」の説明が面白かったような。あいまいな謂いになるのは、読書中に自分がある女性にフラれた体験を事細かに思いださせ、この論文をキチンを読めなかったため。

ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-1「地獄篇」 コペルニクスより前でもすでに地球は球であることがわかっていた。地球の中心に向かう地下に地獄がある。

 13-14世紀の詩人で政治家のダンテが書いた畢生の大作。成立の背景その他はwikiを参照。

ja.wikipedia.org


 すでに森鴎外の紹介以来数種の翻訳がでている。岩波文庫集英社文庫などで入手可能。でも、厳格な規律に従って書かれた700年前(1300-1320年にかけて書かれたらしい)の文章を注釈なしに読むのは辛いので、現代教養文庫ででた散文訳を読むことにする。縮約ではなく、編者による解説が本文に加えられた版のようだ。なので、本文と注を行き来しないで読むことができる。なお、編者の考えがあってか、いくつかの訳語は通常使われているものと違う。「浄罪篇」「天堂篇」など。そこは慣れるしかない。


 さて、編者によって近代文学と同じ体裁になったとはいえ、700年前の「中世」と言われている時代の文章を当時の知識や思考と同じように読むのは難しい。浄罪篇の途中から先には説教や教義の説明が出てくるが、これを受け入れるように読むのも難しい。そういう不充分な読者であるが、ともあれ、筋を追うことにしよう。本書には「歌」の前に編者による概要がのっている。それを記録し、自分の気になったところを追加した。この表をみればだいたいの筋はわかる。世の中には「神曲」の宇宙図を一枚の絵に起こしたものがあるので、時に目ととおすのもよいだろう。
荒俣宏/金子務「アインシュタインの天使」(哲学書房)

 感想を書くのも難しいので、ともあれ気づいたことをメモするだけにする。
1.地獄篇
・ダンテはフィレンツェにうらみつらみがあるのか、実在の政治家・詩人を登場させて、地獄の責め苦に合わせる。都市そのものが堕落していて、よほど深く反省しないと、神の恩寵にあずからないと警告する。(天堂篇を見ると、ダンテの鬱屈というか義憤が地獄から天堂までを巡らせた理由だった。神はダンテにフィレンツェの宗教すなわち政治改革を命じる。)

・地獄はとても厳密な階層でできていて、9つの圏から構成されている。ダンテの詩文も厳密な規律に乗っ取るなど、秩序と安定にとても注意深くなっている。そこからプトレマイオス宇宙論を思い出すわけで、幾何学的な構成になっていることが神や超越者の意図の現れであるというわけなのだ(荒俣らの前掲書をみるとアリストテレス宇宙論であるとのこと)。

・ダンテの時代はコペルニクスの前だが、地球が球状であることは当然の前提になっていた(地獄は地球に中心に向かう地下にある。地獄を抜けて浄罪界にいくが、そこは南半球にあるイタリア(という考えはあったのかしら)の対蹠点なのだ。(wikiによると、地獄は「ペトロ黙示録(新約聖書外伝)」に依拠しているというから、規律正しい幾何学的な地獄というのはすでに人口に膾炙したイメージだったのだろう)。

・当時は資本主義の前。貨幣はあり、地中海貿易はあっても、大規模生産はできないし、金融もほとんど発達していない。そこにおいて地獄の懲罰に値する罪というのに、汚職・高利貸し・吝嗇と浪費・聖物売買・錬金術・贋金つくりがあげられる。教会・聖職者・王や豪族などの富を持つものの行動に対して批判されるのであった(ダンテ以前に行われたフランチェスコやドミニコの教会内改革運動も、教会と聖職者に清貧を求めるのであった)。

中世の錬金術
アンドルー・トマス「太古史の謎」(角川文庫)

 

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2022/07/26 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-2「浄罪篇」 1300年
2022/07/25 ダンテ/野上泰一「神曲物語」(現代教養文庫)-3「天堂篇」 1300年

 

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