odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

2012-01-01から1年間の記事一覧

清水多吉「ヴァーグナー家の人々」(中公新書) リヒャルト死後のバイロイト音楽祭の政治史。ナチス加担の黒歴史をいかに克服するか。

クルト・リース「フルトヴェングラー」(みすず書房)が同時代の記録であるとすると、こちらは「後世の歴史家(@「銀河英雄伝説」)が記述したもの。フランクフルト学派、とくにアドルノの研究者である著者が40代後半の1979年にバイロイトを訪問したところか…

脇圭平/芦津丈夫「フルトヴェングラー」(岩波新書) 旧制高校の教養主義体現者がカリスマ指揮者を語る。

1980年代に岩波新書がクラシック音楽関連の本を続けざまに出したことがあり、担当した編集者がクラシック音楽愛好家だったから実現したという(「岩波新書の50年」)。別の新書でも同様の企画があったので、勉強に利用した。安いのが何より。 さて、ここでは…

トーマス・マン「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」(岩波文庫) ワーグナー批判にみせかけたナチス批判

ふたつの講演が収録されている。最初の「リヒャルト・ワーグナーの苦悩と偉大」は1933年2月10日ミュンヘン大学でのもの。ヒトラーの首相任命の10日後。反響はすさまじく、のちにマンがドイツにかえれなくなる原因となった。のちにドイツの音楽家からこの講演…

アルバート・E・カーン「パブロ・カザルス 喜びと悲しみ」(朝日新聞社) 二重に疎外されたカタルーニャ人の数奇な半生。

神田にカザルス・ホールと呼ばれる演奏会場ができたほど人気のあるチェロ奏者。今はどれほどの人気になっているのかしら。この人は1877年(明治だと10年になるのかな)の生まれ。1970年にも存命で、プエルト・リコに住んでいるところに(孫ほどの年齢の女性と…

ホセ・マリア・コレドール「カザルスとの対話」(白水社)-2 音楽は、身体を通じて「理解」するもの。自然でない二十世紀音楽は退廃している。

一時期絶版だったけれども、新装版にかえて流通しているらしい。慶賀のいたり。感想をエントリーにしたことがあるけど、再読したので、もう一度感想をまとめておく。 ・フランコ政権樹立後、スペイン国境に近いプラドの村にカザルスは隠遁していた。そこにア…

エドウィン・フィッシャー「音楽を愛する友へ」(新潮文庫) 「精神」がキーワードになるドイツ教養主義を体現したドイツのピアニスト。

作者は1886年生まれのドイツのピアニスト。主要レパートリーは、ドイツの作曲家。戦中はドイツに在住し、フルトヴェングラーと共演している。1960年に死去。多くの録音が残っていて、下記のサイトでダウンロードできる。 クラシック音楽mp3無料ダウンロード …

チャールズ・ローゼン「シェーンベルク」(岩波現代選書) 聞かれるよりも語られるほうが多い作曲家。

シェーンベルクは聞かれるよりも語られるほうが多い作曲家、になるのかな。彼の生涯を概観すると、1)神童、2)ウィーンでの無視、3)ベルリンからの追放、4)ハリウッドの疎外、みたいなストーリーを描ける。彼の作品を概観すると、1)表現主義、2)…

テオドール・アドルノ「アルバン・ベルク」(法政大学出版局) アドルノが師事した作曲家の評伝。記述の向こうにぼんやりと1920-30年代のウィーンとベルリンが見えてくる。

自分はベルクの良い聞き手ではないし、アドルノのよい読み手でもない。前者は作曲後100年を経ていても難渋なところがあるし、後者のドイツ人が読んでもわかならない文章の日本語訳で彼の考えを理解しているともいえない。そういう言い訳を前に置くことにして…

テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-1 「ベートーヴェンの晩年様式」「異化された大作『ミサ・ソレムニス』によせて」は必読論文。

最初に金になった文章が音楽評論であるという著者の、若い時から晩年までに書かれたエッセイを収録。哲学や音楽の専門家を読み手に想定していないので、とっつきやすい。「音楽社会学序説」「不協和音」からアドルノに入るものいいけど、これのほうがいいの…

テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-2 アドルノがみると20世紀音楽は反動と進歩の昆明状態。

2012/11/09 テオドール・アドルノ「楽興の時」(白水社)-1の続き 続いて後半。 クシェネックの観相学のために1957-8 ・・・ クシェネック(1900-1991)は知らない作曲家。下記で詳しい。「クレ(ー)ネク」「クシェ(ー)ネク」「クジェーネク」「クルシェ…

マーティン・ジェイ「アドルノ」(岩波現代文庫) アドルノはなにかを構築することには興味はなさそうで、むしろ批判すること、否定することを優先。

翻訳ではなにをいっているのかわからず、人の話によるとドイツ語ネイティブの人でも原文は難解な文章であるという。そういうアドルノへの興味は新ウィーン学派の音楽を聴きだしたことにあったが、アドルノの文章を読んでみてもわからない。というわけで、199…

都筑道夫「未来警察殺人課」(徳間文庫)

その時代では強い殺意を持った人間は事前に察知することができるようになり、矯正することによって殺人を防いでいた。しかし、その種のスクリーニングでは判別できない殺人傾向を持つ者がいて、それは「殺人課」が担当する。すなわち事件を解決するのではな…

都筑道夫「ロスト・エンジェル・シティ」(徳間文庫)

冒険スパイ映画は観光映画でもあって、主人公のスパイは世界(とはいえヨーロッパの高級リゾート地ばかりだが)の観光地を経巡りしていたのだった。このパロディ小説でも世界のリゾート(の複製)を訪れる。あと、体内に爆薬を仕掛けられ、あんまり活躍が過ぎ…

都筑道夫「東京夢幻図絵」(中公文庫) 昭和の頭から敗戦までの東京の風俗をベースにした探偵小説ないし怪奇小説ないしリドルストーリー。この本自体がもうすぐ注釈抜きでは読むことの難しい内容になった。

昭和の頭から敗戦までの東京の風俗をベースにした探偵小説ないし怪奇小説ないしリドルストーリー。その時代に学生だった遊び人が誰かに問われて想い出話をするという趣向。岡本綺堂「半七捕物帳」の枠組みを借りてきたというわけですな。例外作は入っていて…

都筑道夫「怪奇小説という題名の怪奇小説」(集英社文庫)

作者とよく似た境遇の作家に怪奇小説を書く依頼が届く。書き出すテーマが見つからないので、無名の洋書で盗作をすることにした。そのままでは具合が悪いので、時代小説じたてにする。なかなかうまくいかないので街中を散歩しているときに、謎めいた女をみか…

都筑道夫「闇を喰う男」(天山文庫) 500人殺すまでは死ねない男。大河小説の一部だけが手元にある。読者は存在しない巨大な小説を空想する。

ロスのホテルで、黒人の男がいきなり襲ってきた。無我夢中で戦ううちに、ナイフが相手の胸にささる。奇妙なことに黒人は笑みを浮かべて死んでいった。そのときから南米の邪神の呪いを受け、500人の人間を殺すまでは死ねないことになる。「おれ」は東京にもど…

都筑道夫「深夜倶楽部」(徳間文庫) 仕事も年齢も違う男女が定期的に集まって、それぞれが怪談を披露する。ナラティブを使い分けるのは小説の職人をみるかのよう。

仕事も年齢も違う男女が定期的に集まって、それぞれが怪談を披露する。それこそ「デカメロン」から「新・アラビアン・ナイト」から「奇商クラブ」まである連作短編の一つの趣向だ。さて、都筑センセーはどんな夢を見せてくれるでしょうか。 死びと花 ・・・ …

都筑道夫「二日酔い広場」(集英社文庫) 家族を失いアルコールにのめりこむ久米五郎は昭和一桁生まれ。同世代ができない「親」の役割を代行する。

久米五郎は定年にならずに退職した元刑事で今は私立探偵。娘と妻の乗ったタクシーに乗用車が突っ込み、家族を失ってから、アルコールにのめりこむ。退職したのも公金に手を出したため。知り合いのお情けでぎりぎりの生活をしているニヒリスト。「酔いどれ探…

都筑道夫「妄想名探偵」(講談社文庫) 新宿ゴールデン街の酒場に都筑版「隅の探偵」。主人公の探偵はなにかのパロディで、ストーリーも探偵小説のパロディ。

推理作家の津藤は毎夜、新宿ゴールデン街の小さな飲み屋にいくが、そこには得体のしれない男がいる。今何をしているかもわからないし、過去の経歴も一定しないででまかせばかりいっているようだ。でも推理能力が高くて、飲み屋に持ち込まれる事件を解いてし…

都筑道夫「幽鬼伝」(大陸文庫)

文庫本初版が1988年なので、1980年代前半に雑誌連載されたと思う。この種の書誌情報は必須だと思うので、解説に記載してくださいな。 (連載している最中にいくつかが別の文庫に収録されていた。そこに初出情報が載っている) odd-hatch.hatenablog.jp 主人…

都筑道夫「神変武甲伝奇」(角川文庫) 死体が持っていた迷子札を手掛かりに浪人とその助けが財宝探しに旅立つ。江戸を舞台にした一大伝奇小説。

江戸の昔に、村尾平四郎という粋でいなせで涼やかで、女には弱いが剣には強く、義理と人情を重んじる若い浪人がいたと思いなせえ。一夜の酒と寝場所をくれるってんで、商人の離れ屋敷を警護することになったんだが、驚いたねえ、どでかい蝶の格好をした凧が…

都筑道夫「べらぼう村正」(文春文庫) 「神変武甲伝奇」のスピンオフ。社会からはじき出された浪人が同じ境遇の女たちのアソシエーションの用心棒になる。

「神変武甲伝奇」の左文字小弥太は、ニヒルであっても気のいい浪人ものであったが、ここではひどく鬱屈している。要するに、旗本の次男坊、三男坊に生まれたために家禄を継げず、30代なかばで隠居させられてしまったから。ようするに武士社会との縁を切らさ…

都筑道夫「風流べらぼう剣」(文春文庫) 「神変武甲伝奇」のスピンオフ2。岡っ引きと武士に狙われる浪人と女たち。人とかかわるとニヒルを粋がるだけでは済まない。

前巻は、都筑道夫「べらぼう村正」(文春文庫) 左文字小弥太は武士の世を捨てたはずだが、人はそう見てはくれない。前巻で小弥太に因縁をつけた武士三人(彼らも家禄を継げない鬱屈したひとたち)に付け回されときに事件を持ち込むし、この半年で数人が殺さ…

都筑道夫「新顎十郎捕物帳」(講談社文庫) 1980年代に遺族の了解を取って書いた顎十郎のパスティーシュ。作家はシリーズキャラを書くのを楽しんでいる。

1980年代になって都筑センセーが遺族の了解を取って書いた顎十郎の捕物帳。連載時に自分がまるで注目しなかったのは、久生十蘭の「顎十郎捕物帳」を読むことができなかったから。現代教養文庫の久生十蘭集には収録されていないし、三一書房の全集は高くて買…

都筑道夫「新顎十郎捕物帳 2」(講談社) 顎十郎パスティーシュ第2弾。作家は謎解きよりも江戸の失われた風俗を記録するのに熱中したとみえる。

さて、第2巻。 三味線堀 ・・・ 顎十郎、街中を歩いていると変装した大盗賊・伏鐘の重三郎に呼び止められる。部下が殺されたので敵をとってくれというのだ。ある夕立の中、部下が雨を避けようとしていると突然の雷、橋の上で崩れ落ちたところに、南町奉行所…

都筑道夫「名探偵もどき」(文春文庫) 探偵小説好きが高じてそのものになってしまう。もめごとにちょっかいを出す夫に妻はひやひや。

一応背景を説明しておかないといけない。都心からそう離れていない私鉄の駅のそばにあるスナック「伊留満(イルマン)」がある。その主人・茂都木宏は無類の探偵小説好きで、あまりの熱心さで、ときに探偵そのものになってしまう。コスプレ程度で済むのなら…

都筑道夫「捕物帳もどき」(文春文庫) 吉原の唐琴屋の若旦那・丹次郎は捕り物ごっこが大好きで、町の名人のまねをしては、幇間・梅廼家卒八を困らせる

もどきシリーズ第二弾。一応背景を説明しておかないといけない。ころは江戸の終わり。吉原の唐琴屋の若旦那・丹次郎は捕り物ごっこが大好きで、町の名人のまねをしては、幇間・梅廼家卒八を困らせる。それを明治の半ばに、速記術を勉強している書生に聞かせ…

都筑道夫「チャンバラもどき」(文春文庫) 幕末に活躍した剣士や英雄の真似をするという奇癖をもっていた元武士の話を速記する。

もどきシリーズ第三弾。原作者を調べておいたが、読んだことのあるのはひとつもねえや。こちらは1984年単行本初出。 枠組みは、明治の時代に新聞社に勤める書生が書き手。速記を練習しているところを青沼という老人と知り合う。この老人が菅谷半次郎という零…

都筑道夫「泡姫シルビアの華麗な推理」(新潮文庫)

1980年前半の吉原周辺および「トルコ風呂(当時の呼称)」の風俗を描きながら、アームチェア探偵(職業からの連想で「ベッド・ディテクティブ」と呼ばれる)を行う短編集。個人的な感想だと、ノースキンであることを除けばサービス内容はほぼ今と変わらないな…

都筑道夫「ベッド・ディテクティブ」(光文社文庫)

「泡姫シルビアの華麗な推理」の続編。版元が変わっている。1986年初出。 ふたりいたシルビア ・・・ 休暇明けで店に出ると、新人ソフィーが50万円を返すといってきた。もちろんシルビアは、ソフィーも彼女のいう別のシルビアも知らない。なじみの客に話をし…