odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2021-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ジョルジュ・シムノン「13の秘密」(創元推理文庫)-1 シムノンデビュー時の謎解き短編。全体に漂うアンニュイ(倦怠)や重苦しさはメグレに引き継がれた。

探偵趣味のジョゼフ・ルボルニュが新聞記事を見て、13の謎を解く(というより、君には解けるかい、僕には簡単だったよ、と高慢なところを見せるのが目的か)。 リンク先が詳しい。 d.hatena.ne.jp 1. L'affaire Lefrançois ルフランソワ事件 «Détective» 192…

ジョルジュ・シムノン「13の秘密」(創元推理文庫)-2「第1号水門」 運河を利用する水上輸送の拠点で起きた事件。メグレ警部ものとしては最初期。

「第1号水門」は1932年作で、メグレ警部ものとしては最初期。「男の首」よりあと。 次の水曜には警察を退職することになっているメグレ。妻はすでに郊外の家に引っ越していて、メグレは行き場がなさそう。 ある夜、第一号水門で事故が起きる。酒に酔った爺さ…

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」(創元推理文庫) WW2でドイツの捕虜になったフランス人が幽閉中に書いた外連味たっぷりの密室ミステリ。

フランスに本格探偵小説好きがいたと思いなせえ。第2次大戦中にドイツ軍の捕虜になったとき、退屈を紛らわすためにミステリーを考え、書いていた。秘密裏に原稿を収容所から出しておく。収容所脱走後はレジスタンスになったが、戦後原稿をもとにして3つのミ…

本田由紀「軋む社会」(双風舎、河出文庫) 平成不況のあと教育-仕事-家庭の循環関係が空洞化し、エゴイズムが支配。働かせ方の変化に原因がある。

著者のTwitterは2017年ころからフォローしている。主に教育に関して、鋭い批判的意見を表明しているので。 社会のどこが「軋」んでいるかというと、昭和のころまでには教育-仕事-家庭の循環関係があってそれなりに機能していたが、平成不況のあと循環関…

宮下奈都「羊と鋼の森」(文春文庫) 本書が終わったところから主人公の冒険や苦労の克服が始まるはずなのに中断してしまった教養小説。

日本文学はいつからモラトリアム時代の青少年を主人公にするようになったのだろう。この頃の傾向か?(あ、「浮雲」や「三四郎」のころからそうか。) 「僕」は山里くらし。中学生の時にピアノ調律の仕事を見学する機会があった。調律の仕事がしたいという希…

清水潔「殺人犯はそこにいる」(新潮文庫) 日本の警察は優秀かもしれないが、捜査を隠蔽し記録を公開しない。民主的にはほど遠い。

1980-90年代に北関東で幼女誘拐事件が断続的に発生した。唯一「足利事件」だけが犯人がみつかる。著者はこの「解決」に疑問を持ち、チームで個人で追跡する。結果、足利事件の「犯人」は冤罪であることがわかり、裁判所が被告に謝罪するまでにいたった。一方…

永井荷風「ぼく東綺譚」(岩波文庫) 根無し草の独身老人が遊郭をほっつきまわる。戦前の男の規範から外れた暮らしを描く小説は国民文学にはなれない。

高校時代、現代国語の巻末にのっている文学史年表を参考に小説を読んでいた。その際に読んだ一冊がこれ。17歳にはぜんぜん面白くなかった。土地勘のない場所の風景が書かれ、自分の生活とは切り離された習俗がでてきて当惑する。なによりも59歳の老人(当時…

永井荷風「荷風随筆集 上下」(岩波文庫) 19世紀末西洋文化にどっぷり浸ったディレッタントは日本に幻滅し、世を捨て過去を幻視する。

永井荷風は歩く人。蝙蝠傘(当時はモダンで高価な品)をもち、日和下駄をはき、江戸時代の地図をもって東京中を歩き回った。本書に収録された「日和下駄」をみると、健脚の持ち主で、今の山手線周辺と浅草あたりを自分の散歩道にしていた。 彼の特徴は、反近…

吉行あぐり「梅桃(ゆすらうめ)が実るとき」(文園社) 戦前の家父長制でも核家族であれば、強い個人主義の女性は自立が可能だった

昭和の時代は平均寿命が70代の前半で、それぐらいの年齢になるとたいていは隠居や蟄居になっていた。その時代に78歳で美容院を経営し、現役の美容師として仕事をしているのはとても珍しかった。そこで、編集者は自伝を書くことを持ち掛けた。息子や娘に作家…

與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)-1 経済や社会は自由主義、政治は一極支配、身分制や世襲制は撤廃するのが「中国化」。日本の近世は反「中国化」政策。

最初に近世にはいったのはヨーロッパではなくて(まずそこで驚きになる)、イスラムであるが続いて宋時代の中国が近世を迎えた。ここで「な、なんだって」と絶叫したくなるが、それにとどまらない。いち早く近世にはいった中国は「中国化」していき、近隣地…

與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)-2 反中国化された「江戸時代化」の日本システムは今にも残っている。

2021/04/13 與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)-1 2010年の続き 「江戸時代化」という概念でみえてくるのはたくさんあるので、概要を紹介。基本的には「中国化」の真逆なありかた。したがって、1.権威と権力の分離: 天皇の権威と権力保有者が別。…

北島正元「日本の歴史18 幕藩制の苦悶」(中公文庫)-1 18-19世紀。生産能力が上がらず過剰人口を吸収できずゆっくりしたインフレが進むまれにみる停滞の時代。

1780年から1840年ころまで。時代小説、時代劇などはだいたいこの時代を扱う。これらのフィクションを通じて日本のいにしえのイメージが形成されている。町民の仲睦まじい清貧な暮らしに、庶民思いの大名や老中、利権をむさぼる悪代官に悪商人というもの。そ…

北島正元「日本の歴史18 幕藩制の苦悶」(中公文庫)-2 ヨーロッパのグローバル資本主義は極東の弱小国にも到達し、列島は世界システムに巻き込まれる。

2021/04/06 小西四郎「日本の歴史19 開国と攘夷」(中公文庫) の続き この時代に起きた政治的な事件として、蛮社の獄1839年と大塩平八郎の乱1837年が有名。いずれも現政府によって徹底的に弾圧され、首謀者は自死を選ばされる。このような大衆嫌悪・民衆嫌…

小西四郎「日本の歴史19 開国と攘夷」(中公文庫) 帝国主義に対抗できない幕府に失望した下級武士は過激化する。一般庶民はほぼ無関心。

ご他聞にもれず俺もまた司馬遼太郎「竜馬が行く」で明治維新にかぶれたのであって、17-18歳の時に明治維新に関連する小説・新書を数十冊読んでいたのである。奇妙なことに、他の作家や歴史家の本を読むほどに、明治維新は「竜馬が行く」とは別の様相を示して…

井上清「日本の歴史20 明治維新」(中公文庫)-1 宮廷クーデターが暴力変革に転化し、天皇制官僚による独裁政府になった。

本書では、大政奉還から西南の役までの10年間を扱う。通常、映画やドラマで「明治維新」を扱うときは大政奉還までで、「封建制力による人民の圧政を主に西国の士族が打倒(ここで「革命」は使わない)した」で終わりにする。しかし、歴史はとどまらないので…

井上清「日本の歴史20 明治維新」(中公文庫)-2 日本の排外主義と民族差別はこの時代の「尊王攘夷」がもと。

2021/04/05 井上清「日本の歴史20 明治維新」(中公文庫)-1 の続き 明治のゼロ年代で注目しなけらばならないのは、征韓論。明治政府は開国を実行したが、それは幕府時代からの諸外国の圧力、影響にあったため。英仏は日本を領土化しようとはしなかったが(俺…

笠原英彦「明治天皇」(中公新書) 大日本帝国の内閣、天皇、宮中の天皇補佐官による意思決定システムは明治天皇の死で制御不能の無責任体制になった。

飛鳥井雅道「明治大帝」(ちくま学芸文庫)を読んだのが20年近く前。明治天皇の事績を忘れてしまったので、今度は別書を読む。 明治天皇は1852年生まれ1912年没。享年60歳。外国との接触を極度に恐れる孝明天皇の子として生まれる。1840-42…