odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

吉村正和「フリーメイソン」(講談社現代新書) 陰謀団ではなく、開かれた友愛団体

フリーメイソンはモーツァルトの「魔笛」に関係しているという話(キャサリン・トムソン「モーツァルトとフリーメーソン」法政大学出版局)と、トンデモ陰謀論によく登場することで知っているくらい。そこで本書を読む。冒頭にエドガー・A・ポー「アモンテイ…

深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 宗教改革運動は社会の体制に組み込まれるものと、個人の選択と意思を重視する政治運動に分派する。

著者には問題がある。 (本書「プロテスタンティズム」の)第19回「読売・吉野作造賞」授賞取り消しのお知らせ 2019/5/17https://www.chuko.co.jp/news/112323.html「深井氏の別の著書と論考(『ヴァイマールの聖なる政治的精神』、「エルンスト・トレルチの…

深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-2 近現代のプロテスタンティズム。欧州の保守主義とアメリカのリベラリズム。

2022/03/30 深井智朗「プロテスタンティズム」(中公新書)-1 2017年の続き 以降の章は、18世紀以降。もの凄く駆け足。中心になる地域は、ドイツとアメリカ。とても大雑把に言うと、ドイツは北部のプロテスタントに南部のカソリックがあり、周辺にはカソリッ…

山内昌之「民族と国家」(岩波新書) 中世から近世のイスラム世界。シルクロード交易が海上交易ですたれると、イスラム〈帝国〉のタガが緩み反乱や独立が頻発。

民族と国家は新しいがむずかしい。塩川伸明「民族とネイション」(岩波新書)を読んでもよくわからないうえ、国によって大きな違いがある。でも、国民国家が生まれたのは、イギリスとフランスなので、その国をモデルとし、おもに西洋の基準で考えてしまう。…

田中仁彦「ケルト神話と中世騎士物語」(中公新書) ローマ帝国が入る前のケルト文明。民族は消えたが記憶は中世騎士物語に残った。

そういえばヨーロッパのことは、ゲルマン民族の大移動から世界史に登場するのだが、それ以前のことは知らなかった。高校の教科書には載っていなかったので記憶がないはずなので、本書でおぎなうことにしよう。 そうすると、考古学的な証拠からすると太古には…

渡部哲郎「バスクとバスク人」(平凡社新書) 国家と民族が一致しない人々のナショナリズムと自治権。

バスクはフランスに隣接する大西洋に面したスペインの一部。地中海に面したカタルーニアもそうだけど、スペインには多数の「地方」があって、それぞれ独立した民族とみなされている。ことにバスク地方は、海や険峻な山地のために他の人たちが入りづらく、独…

上田和夫「ユダヤ人」(講談社現代新書) 古代から19世紀末までのユダヤ史。教科書が教えない歴史を知って偏見をなくそう。

西洋史を勉強するとユダヤ人の話題はそこかしこで出てくるがたいていは点の描写。反ユダヤ感情やホロコーストがどのように起きたかをしるには情報が不足。そこで、ユダヤ人の側から見た民族史をみることにする。初出は1986年なので情報は古い。とくに21世紀…

土井敏邦「アメリカのユダヤ人」(岩波新書) 遅れて移住したユダヤ人は自助コミュニティを作ったが、考え方や生き方は多種多様。

上田和夫「ユダヤ人」(講談社現代新書)は、紀元前からのユダヤ人の歴史を追い、20世紀初頭までを記述した。本書はそのあとの1980年代のアメリカに住むユダヤ人をテーマにする。もとよりアメリカのユダヤ人も先住していたわけではなく、むしろ遅れて移住し…

本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 15世紀から19世紀末まで。黒人奴隷制、奴隷解放後の差別制度のあらまし。

本書旧版(1964年)は高校生の時に知っていた。その時は「黒人」の歴史に意味があると思わなかった。とんだマジョリティしぐさで、ぼんくらだった。21世紀のBLM運動を見るうちに、タイトルの歴史が重要であることがわかり、勉強することにする。 今ならアフ…

本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 20世紀の黒人差別と公民権運動。差別撤廃の法ができても、ヘイトクライムの標的になっている。

2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年の続き 後半は20世紀。白人側から見たアメリカの近代史と重ねることが必要。参考エントリーは以下。2020/10/12 有賀夏紀「アメリカの20世紀 上」(中公新書) 2002年2020/10/09 有賀夏…

荒このみ「マルコムX」(岩波新書) 欠点が多い青年のアジテーションは被差別黒人の「教師」「鼓舞する人」「希望の象徴」。

以前にマルコムXの言葉を読んできたが、ピンとこなかった。そのあたりは、下記のエントリーで。アレックス・ヘイリー「マルコムX自伝」(河出書房新社)デビッド・ギャレン編「マルコムX最後の証言」(扶桑社文庫) そこで、第三者の視点による評伝を読む…

泡坂妻夫「11枚のとらんぷ」(角川文庫) アマチュア奇術愛好家たちのショーも作中作の短編もエンディングにかかわるトリッキーな作者デビュー作。

1976年初出の本作中でなんどか「奇術が魔術と間違われていて困る」と嘆くのは、その直前にオカルトブームがあり、奇術者が超能力者としてテレビで「超常現象」と称してマジックを披露していたことがあるから。ユリ・ゲラーからチャネリングまで、人々を誤解…

泡坂妻夫「湖底のまつり」(創元推理文庫) 会ったはずの人は存在しない? トリッキーな作品に感心しながらも、社会問題を無視する姿勢に鼻白む。

1978年に書かれた本書は著者の長編第3作という。むかし最初の長編「11枚のトランプ」を読んで、そのトリッキーな構成に驚かされた。でも、キャラが薄っぺらいなと、軽薄な印象をもっていたが、ここでは内面描写がしっかりと描かれる。その分、物語の展開は遅…

泡坂妻夫「ヨギガンジーの妖術」(新潮文庫) ヨギ・ガンジーは正体不明の大男。ヨガと奇術の達人。人を混乱させてばかりだが、事件が起きると、優れた探偵能力を発揮。

ヨギ・ガンジーは正体不明の大男。ヨガと奇術の達人。人を混乱させてばかりだが、事件が起きると、優れた探偵能力を発揮。のちに長編にもなったシリーズ・キャラクターの登場第一作。詐術やオカルトのデバンキングも行い、憑き物落としも得意。 王たちの恵み…

泡坂妻夫「しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術」(新潮文庫) 読者を小説の中に取り込んでしまうことまでやっている電子書籍化できないミステリー。

惟霊講会なる戦前からの新興宗教は、教祖のさまざまな奇跡によって戦後、信者を拡大してきた。教祖の行うのは読唇術で、「しあわせの書」なる教義書を目につかぬように開かせ、ページの最初にあらわれる文字を当てるというもの。ほかには、目隠しをして信者…

泡坂妻夫「生者と死者―迷探偵ヨギガンジーの透視術」(新潮文庫) 最初に読んだ短編小説が長編に消えてしまう電子書籍化できないミステリー。

この文庫書下ろしの小説は変わっていて、16ページごとに袋とじになっている。まず、袋とじを開けないで「消える短編小説」を読みなさいという。読み終わったら袋とじを開けると、長編ミステリー「生者と死者」が姿を現すのだという。はて、どういうことか。 …

広瀬正「タイムマシンのつくり方」(集英社文庫) 48歳で夭逝した日本SF黎明期の作家。文学の貧困さとミソジニーを克服する時間は作家になかった。

解説の筒井康隆によると、広瀬正は同人誌「宇宙塵」のメンバー。初期作はここに載り、早川書房の目に留まっていくつかを「SFマガジン」に載せた。でも編集長・福島正美のお眼鏡にはかなわず、しばらく沈黙する。1970年の「マイナス・ゼロ」が直木賞になって…

広瀬正「マイナス・ゼロ」(集英社文庫) タイムマシーンテーマで、ハインライン「時の門」への挑戦。もっとも力が入っているのは、昭和7年の東京の風俗描写。

昭和20年5月。電気に詳しい14歳の少年は隣りの家にいるお姉さんにあこがれている。空襲のさなか、少年は偏屈な老人科学者と同居するお姉さんを助けに行くと、老人は倒れメモを残す。お姉さんはどこにもいない。それから18年後の1963年、32歳になった男はメモ…

広瀬正「ツィス」(集英社文庫) ツィス(嬰ハ音、ドのシャープ)の騒音で日本が終末を迎えるまで。

神奈川県C市で突然ツィス(嬰ハ音、ドのシャープ、A=440Hzのときの557Hzの音)が聞こえだした。最初はかすかだった音は次第に大きくなっていった。発見者の精神科医はツィス分析器を作って、町中を計測し、世の中に警告する。騒音がひどくなると、人は精神失…

広瀬正「エロス」(集英社文庫) 老年を迎えた歌手に現れる「もうひとつの過去」。個人は変わらないのに状況がどんどん変わるというのは日本の庶民の現実認識パターン。

昭和46年(1971年)、歌手生活37周年を記念して橘百合子がリサイタルを開くことになった。夕食を終えて自宅に帰る途中、盲目の高齢者と接触事故を起こしてしまう。片桐となのる老人は、橘百合子を名乗る前の赤井ゆり子のころからファンだった、盲目になる前…

広瀬正「鏡の国のアリス」(集英社文庫) 現実に対する「鏡の国」はジェンダー抑圧の強い昭和の男社会。

いつ書かれたか解説には書いていないし、wikiでもはっきりしないが、1970-72年にかけての作品。1972年に作者急逝(享年48歳)ののちに単行本化された。 鏡の国のアリス ・・・ 左利きのテナーサックスプレーヤーが銭湯でくつろいでいたら、女湯…

国枝史郎「ベストセレクション」(学研M文庫)「レモンの花の咲く丘へ」「大鵬のゆくえ」  日本のロマン主義者は、世界変革を志さず、運命や業に逆らわない徹底的な宿命論をとる。

本書には「八ケ岳の魔人」が収録されているが、別エントリーにした。なお、文庫はすでに処分してしまったので、今回は青空文庫で読み直した。 妖虫奇譚高島異誌 ・・・ 青空文庫にないので割愛。 弓道中祖伝 1932 ・・・ 時は応仁の乱の直後。荒れた京の都で…

国枝史郎「八ヶ嶽の魔神」(講談社文庫) 予告編だけを読んでいるようだが、細部の迫力は比類ない。

筋のつじつまはあわないし、盛り上がりを乗り越えて一息つくところで容赦なくぶった切り、突然新たな人物が現れて別の話を始める。物語冒頭の設定は忘れられて、数十ページを過ぎて現れた時には別の意味をもたされている。およそ近代的な物語ではないのだが…