odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

大崎梢「平台がおまちかね」(創元推理文庫) 犯罪性がない日常的な謎の理由を解く。俺は他人に無関心でいられたいので、こういうのはおせっかいで苦痛。

これまでフィクションで探偵をしてきたのは、職業探偵か素人のディレッタントだった。そこに警察官が加わり、以後さまざまな職業が探偵になる。シリーズ探偵になるには時間に拘束されないことが大事なので、新聞記者やルポライターが多かったが、ここでは出…

川上未映子「すべて真夜中の恋人たち」(講談社文庫) ほとんどすべての人は彼女に「見ているとイライラする」というが、読者の俺もイライラしました。

まったく感心しなかったので、感想もなおざりに。 まずは出版社の紹介文。 <真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。/それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思…

三浦しをん「舟を編む」(光文社文庫) 自宅に帰ってからも仕事か読書しかしない松本先生、荒木、まじめくんを配偶者はよく我慢できるものだなあ。

21世紀になってめだってきた(当ブログ調べ)「珍しい職業」の小説。「職業小説」であるためには、その仕事に関する詳細が語られていて、仕事そのもののおもしろさ・難しさ・達成感などを示さなければならない。そうでないと仕事そのものへの興味がわかない…

三木笙子「クラーク巴里探偵録」(幻冬舎文庫) ホームズ-ワトソン関係にひとひねりを加えた趣向は興味深い。1920年代風の作風なのでその時代に書かれていれば大傑作。

花の都パリへの憧れというと、荷風の「ふらんす物語」に始まり、久生十蘭に金子光晴が集い、笠井潔が駈込むという具合に繰り返し書かれてきた。ここにタイトルの最新作(2014年刊)があり、日本人はどのようにパリを観るのか、そこの興味を持って読むことに…

深木章子「猫には推理がよく似合う」(角川文庫) 21世紀には珍しい弁護士事務所が舞台になるミステリー。女性も人間らしく扱われなければならないというサブテーマ付き。

弁護士事務所が舞台になる探偵小説は久しぶりだなあ。古いのは浜尾四郎や大阪圭吉が書いていたし、昭和では和久俊三などが法曹ものを書いていた。弁護士や検事の出身者が探偵小説作家になることは珍しくはなかった。それが平成以降になると激減。本書は久し…

岡田暁生「オペラの運命」(中公新書) オペラの成り立つ「場」を共有しない日本ではオペラに熱狂できない「夾雑物」。

オペラはこの国ではなかなか理解がむずかしいところがあって、聴衆にも演奏家にも評論でも、どこか手の届かないいらだたしさを感じていた。交響曲や弦楽四重奏曲やピアノ曲などを主に演奏・鑑賞する教養主義では扱いかねる「夾雑物」みたいなものがあるのだ…

石井宏「反音楽史 さらば、ベートーヴェン」(新潮社)-1 18世紀はイタリア音楽の時代。J.S.バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンは人気がない田舎の音楽家。

「反音楽史」とは面妖な。何に対する「反」であるのか、それとも「反音楽」なるジャンルの歴史であるか。その疑問はすぐに解氷するのであって、すなわち日本の音楽の授業でならう音楽の歴史(J.S.バッハが音楽の父でそのあとハイドン-モーツァルト-ベートー…

石井宏「反音楽史 さらば、ベートーヴェン」(新潮社)-2 19世紀のドイツ教養主義がドイツ中心の音楽美学を作った。各国のインテリが受入れてドイツ音楽至上の考えが普及した。

2023/03/24 石井宏「反音楽史 さらば、ベートーヴェン」(新潮社)-1 2004年の続き 交響曲の由来が書いてある。18世紀、教会や宮廷は楽士(無教養なものの集まり)を雇っていたが、教会や宮廷が休暇に入ると彼らの仕事はない。そこで宗教曲を演奏する催しを…

片山杜秀「ベートーヴェンを聴けば世界史がわかる」(文春新書) 発注者・買い手・消費者・観客などのステークホルダーが作曲家と作品を変えていく。

煽情的なタイトルだが、漫然とベートーヴェンを聴くだけでは世界史はわからない。ベートーヴェンが作品を書くに至った背景を知らないと、世界史は見えてこない。ことに彼の作品を価値あるものと認めた「受け取り手」の存在が重要なのだ。すなわち、発注者・…

小沼ますみ「ショパン 失意と孤独の最晩年」(音楽之友社) サンドと別れた後。ショパンが活躍する場所が消え、繊細な演奏技法は継承されなかった。

ショパンの本は以下の二冊しか読んだことがない。2014/02/25 遠山一行「ショパン」(講談社学術文庫)2014/02/24 アルフレッド・コルトオ「ショパン」(新潮文庫) 作者には「ショパン 若き日の肖像」「ショパンとサンド 愛の軌跡」の2冊が先にある。生涯を…

高木裕「今のピアノでショパンは弾けない」(日経プレミアシリーズ) のはショパン没後に大改良が加えられたため。西洋では聞き手も弾き手も少なくなった西洋古典音楽は維持できるだろうか。

2015年の宮下奈都「羊と鋼の森」(文春文庫)を読んだときに、主人公の調律師見習いの青年はその先をどう作るのかわからないと思ったが、彼にふさわしいキャリアが本書にあった。思った通り、会社の用意したルートから外れて、より上の仕事を求め海外に行く…

小宮正安「モーツァルトを『造った』男」(講談社現代新書) 批判ばかりのケッヘル番号を作った凡庸なディレッタントの生涯。市民社会が大衆社会になるまで。

ルートヴィヒ・ケッヘル(1800-1877)は19世紀ハプスブルグ帝国の地に生まれる。ルートヴッヒは高等教育を受けたのち、貴族の家庭教師となり、のちに貴族に列せられた。そのために無税になり、年金をうけとることができる。鉱物のコレクションを続けていた(…

樋口裕一「音楽で人は輝く」(集英社新書) ドイツ音楽優位の考えで19世紀音楽の変化を語る。政治や経済、社会思想の影響を考慮していないから各自補完しないといけない。

NHK-FMの片山杜秀「クラシックの迷宮」はクラシック音楽のDJとしてユニーク。エアチェックを繰り返し聞いているが、19世紀フランス音楽の回がおもしろい。ベルリオーズ、グノー、デュカスなどの作曲家特集を聞いてわかるのは、当時のフランス音楽が政治と経…

森本恭正「西洋音楽論 クラシックに狂気を聴け」(光文社新書) 西洋音楽は産業革命と植民地拡大時にグローバル音楽になったが、古典派以前にあった音楽の約束事・しきたりが失われた。

著者は1953年生まれ。たとえば坂本龍一が1952年生まれ、桑田佳祐が1956年生まれなのと同時代人。とすると、ドメスティックな音楽がこどものころから身近にあり、西洋音楽を写した歌謡曲を聞き、小学生の時から洋楽やビートルズを聞いていて、戦後の前衛音楽…

伊藤乾「指揮者の仕事術」(光文社新書) 指示を一方的につたえるだけではすまないプロジェクトマネージャー。よい響きをもとめる試行錯誤の歴史がおもしろい。

指揮者が仕事を書いた本はたくさんあるが、本書の特長は秘教的なところを極力排除し、プラグマティズムに徹しているところ。すなわち指揮台に乗った指揮者は身体運動(とくに腕)で指示を奏者に送るが、それを体系化しようとする。そのために、指揮者の運動…

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ「フルトヴェングラーと私」(音楽之友社) 指揮もする作曲家になれなかった政治音痴のカリスマ指揮者の思い出。

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ (長いのでDFDと略すのが慣例。ここでもそうします)は一度聞いた。 odd-hatch.hatenablog.jp 彼を通じてフルトヴェングラーを見た思いがしたが、本書はDFDによるフルトヴェングラーの思い出。自身のキャリアアッ…

中川右介「戦争交響楽」(朝日新書) 1933年から1945年までの欧米のクラシック音楽関係者の動向、ヒトラーとスターリンに芸術家は翻弄される。

1933年から1945年までの欧米のクラシック音楽関係者の動向を描く。思入れはなく、淡々と事実を記すだけ。スター総出演の観がする記述であるが、そのなかではトスカニーニ、ワルター、フルトヴェングラー、カラヤン(生年順)が主役になる。脇を固めるのはシ…

中川右介「カラヤン帝国興亡史」(幻冬舎新書) カラヤンは強いナルシストで、自分の権力を家や家族に残さなかったニヒリスト。

先にでている中川右介「カラヤンとフルトヴェングラー」(幻冬舎新書)の続きとみなせるが、著者によると独立して読めるという。 odd-hatch.hatenablog.jp 本書ではヘルベルト・フォン・カラヤンの演奏や録音について一切批評しない。その種の論評はたくさん…

中川右介「冷戦とクラシック」(NHK出版新書) WW2の終わりからソ連の崩壊までの欧米のクラシック音楽関係者の動向。政治の独裁者が消えた後にマネをしたエピゴーネンたち。

中川右介「カラヤンとフルトヴェングラー」(幻冬舎新書)では、1930-55年までのヨーロッパを描いた。その時のテーマはナチズムとの関わりを軸にしたカリスマ指揮者たちの暗闘。 本書はWW2の終わりからソ連の崩壊まで。ここではソ連型監視統制社会における…

青澤隆明「現代のピアニスト30」(ちくま新書) 重要な問題が提起されても素通りされ、深められない。

そういえば最近(俺にとっては1990年以降だ)のピアニストを知らない。でもFMのエアチェックはたまってきて、(自分より)若い演奏家の名前を見ることは多い。でも若い演奏家のことはあまりよく知らない。そこで、2013年にでた本書を見ることにする。 そうい…

アルベール・カミュ「ペスト」(新潮文庫)-1 期限が決まっていない幽閉で人は何を希望にするか

2020年からのコロナ禍は、この小説を「再発見」した。ペストが流行し、都市が閉鎖され、市民が非日常を生きるという設定が、「ステイ・ホーム」や「三密(密閉・密集・密接)を避けろ」、「消毒とマスク着用」などを推奨され、外に出ることが憚られる状況と…

アルベール・カミュ「ペスト」(新潮文庫)-2 ペスト禍が発見した政治参加による自由

2023/03/08 アルベール・カミュ「ペスト」(新潮文庫)-1 1947年の続き 感染症が起きたとき、どのような対策をとるかは政治の仕事になる。なので、統計や対策、声明は市が出すものになる。医師や技術者、科学者は政治のサポートにまわる。2020年のグローバル…

ブリジット・オベール「マーチ博士の四人の息子」(ハヤカワ文庫) 殺人者の手記を読んだメイドはサイコパスを探し出そうとするが、その手記をサイコパスも読んでいた。恐怖と共犯の歪んだ関係。

タイトル「マーチ博士の四人の息子」は、日本では「若草物語」で知られるオールコット「マーチ博士の四人の娘」のパロディだという。この少女小説のタイトルを借用しているのであれば、息子の確執が語られるのではないか。読書前の予断をメモ。 医者のマーチ…

アンドレア・H・ジャップ「殺人者の放物線」(創元推理文庫) シリアルキラー物はどれも同じ話になるので、何か別の物語を追加しないといけない。

アメリカ東部で「レディ・キラー」と警察が名付けた連続殺人犯(シリアル・キラー)がもう数年事件を起こしている。被害者、土地などの要因を分析しても、プロファイリングしても犯人が浮かび上がらない。そこでFBIは天才的な女性数学者(データ分析による予…

フリーマン・クロフツ「樽」(創元推理文庫) 「何かに詰められた死体がたどった経路を追ううちに謎が深まる」というスタイルの嚆矢。

中学生の時に読んで、それなりに感動した。それまで読んできたクイーンやクリスティの謎解き小説とは違った味わい。堅実でけれんのない捜査に謎。途中で容疑者ひとりにしぼられるが、鉄壁のアリバイがある。それをくずす警察と私立探偵の足と口。 以来、半世…

ギルバート・チェスタトン「知りすぎた男」(江戸川小筐訳) 上流階級を知りすぎると、人権を無視し国家の威信を優先する。

1922年初出の本書の翻訳は南条竹則訳(創元推理文庫)と井伊順彦訳(論創海外ミステリ) の二つが出ている。今回は、マニアによる翻訳を使った。 longuemare.gozaru.jp 探偵役は「知りすぎた男」ホーン・フィッシャー。新聞記者ハロルド・マーチとちょろちょ…