odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

日本文学

石川達三「僕たちの失敗」(新潮文庫) 軽薄な若者が女性蔑視で家族をほんろうし、自衛隊に入って自動車事故を追う。太陽族への揶揄で意地悪で皮肉。

たしか1974年にNHK銀河テレビ小説でこれを原作にしたドラマをやっていた(夜9時40分から二十分のテレビドラマで、2週間10回の構成だったと思う*1。五輪真弓の主題歌がかっこいいものだった。「落日のテーマ」というんだそうだ。サビのところは覚えている…

武田泰淳「目まいのする散歩」(中公文庫) 衒いも気取りもなく、技巧もまったく入っていないようなのに、その言葉の選び方と話の進め方がうまくて、とても真似ができないと思わせる老人(65歳)の文章。

老人の書く文章の中には、衒いも気取りもなく、技巧もまったく入っていないようなのに、その言葉の選び方と話の進め方がうまくて、とても真似ができないと思わせるようなものがある。たとえば、石川淳「狂風記」や金子光晴「どくろ杯」「ねむれ巴里」などが…

金子光晴「どくろ杯」(中公文庫) 底抜けの不良で詩人が戦前の日本にいられなくなって最貧層の社会を渡り歩く。

不良という言葉には、ひどく人を魅了するところがあるのだが、そこらでオートバイをふかせているような矮小な連中は置いておくとして、金子光晴のスケールになると、もう太刀打ちできないと思い知らされる。なにしろ、旧制中学の頃から素行不良で退学ばかり…

伊藤整「若い詩人の肖像」(新潮文庫) 1920年代大正デモクラシー、家族や地域から孤立したインテリ教養青年の自叙伝。この時代は政治で悩まないで済んだ。

最初に読んだのは高校1年、それとも2年? 3年生になって理系クラスにいたが、なぜか文学史には強いということになって(国語の授業で昭和10年代の文学史を略述せよという質問をあてられ、直前によんだ「風俗小説論」を使って、プロレタリア文学と新感覚派、…

今東光「悪太郎」(角川文庫) 大正デモクラシー期の旧制中学生の記録。現代と同じくらいの性的放縦さがあり、神戸で「ガイジン」と交流して自由をみつけられた。

1914年から17年あたりにかけての旧制中学生の記録。旧制中学の生活記録が克明に記された読み物は北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」や畑正憲の「ムツゴロウの青春記」が有名。それらは戦後の新制高校に残った雰囲気を記したものなので、こちらのほうが希少…

中村光夫「風俗小説論」(新潮文庫) 自然主義リアリズムはなくなったかもしれないが、作家=主人公の「私小説」は生き残っている。

この著者の「日本の近代小説」「日本の現代小説」(岩波新書)は、高校生の時のブックリストとして重宝した。昭和35年で記述が切れていたのが残念だったが、これらに載っている小説を文庫で追いかけたのだった。ではどうしてこの本を知ったかというと、「現…

小林多喜二「工場細胞・オルグ」(青木文庫) 工場における労働運動のやり方および党の拡張方法、シンパの獲得方法を小説化。

小樽市と思われる漁港街の製缶工場における労働運動を描いた文学。書かれたのが1930年なので、前年の株暴落から始まる世界恐慌のあおりを受けた状況と思われる。この時期、おそらく伊藤整はすでに上京していたはずだ(小樽市出身で、伊藤は小樽商業高校で小…

黒島伝治「渦巻ける烏の群」(岩波文庫) 農村で地主・官憲の弾圧にあう小作農民の状況を描いた2編と、シベリア出兵の下級兵士が上官の非道によって憤死する様を描く2編。

作者は坪田繁治と同郷、同級生であったというのが最初の驚き。『渦巻ける烏の群』『橇』『二銭銅貨』『豚群』の4編を収録。 農村での地主、官憲の弾圧、それに対する小作農民の状況を描いた2編と、シベリア出兵の下級兵士が上官の非道によって憤死する様を描…

徳永直「太陽のない街」(新潮文庫) 追記2011/7/1  金解禁でダメージを受けた工場労働者の争議。生活組合を作って組合員家族の生活を維持する。

前日のエントリーで「1920-40年までの経済史を知っておくことは重要」と書いたけど、それにぴったりの記事があったので、ここでアップ。 昭和5年から10年の間の労働争議。多くの場合は、工場労働者の悲惨な現実と、資本家および為政者の腐敗弾劾として読むこ…

谷崎潤一郎「犯罪小説集」(集英社文庫) 作者が誘惑する共犯関係にはいると、作者のマゾヒズムやピーピングはもう読者そのものの行為になってしまう

谷崎潤一郎の初期短編のうち、犯罪に関係しているものを集めた。谷崎潤一郎はこれしか読んでいない、恥ずかしながら。「春琴抄」「鍵」など気になる小説はあるのだがねえ。もう読む時期を失してしまったのだろう。柳湯の事件1917 ・・・ 弁護士事務所に駆け込…

川端香男里「ユートピアの幻想」(講談社学術文庫) 現実が十分に満足することができないとき、ユートピアを実現しようとする構想は政治的な力にもなりうる

「ユートピア」関連書籍。以下を書いたのは「太陽の都」「ダフニスとクロエ―」「潮騒」を書くもっと前のことです。 20代のころ、自前のユートピア文学史を構想したことがあった。そしてモア「ユートピア」、カンパネルラ「太陽の都」、バトラー「エレホン」…

三島由紀夫「潮騒」(新潮文庫) 都会に住む知識人が日本の田舎に理想的なカップルと理想的な恋愛と理想郷を夢見る。

昨日取り上げた「ダフニスとクロエー」をこの国に移植したものはなんだろうと考えて、この作品を取り上げることにする。もちろん、初出当時からこのことは指摘されていたのであって、とくに目新しい意見ではない。 いくつか釈明をしておくと、以下を書いたの…