odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

江戸川乱歩「世界短編傑作集 4」(創元推理文庫) 30年代の短編探偵小説。謎解きだけからハードボイルドやサスペンスなどに探偵小説が多様化。

ヘミングウェイ「殺人者」1927  ・・・ 放浪者ニック・アダムスの冒険(作者は彼を主人公にした短編を複数書いている)。都会の安い飯屋で働いている。二人の不思議な男がくる。彼は大男のスウェーデン人を探している。ニックたちは監禁されそうになるが男たちにスウェーデン人の居所は話さない。死を待つスウェーデン人は逃げ出さない。いやな感じになるニック。ショートショートは人生という樹木の枝を切った断面、という都筑道夫の定義を見事に表す一編。緊張感が見事。重要なのは乱歩のいうとおり、ここで近代の殺し屋スタイルが確定したことか。黒尽くめの服、人を見下した凄みのあるセリフ、ピストルの使い手、スタイリッシュな仕草。西部劇でもフィルムノワールでも日活の無国籍アクション映画でも模倣されたスタイルがここにある。

フィルポッツ「三死人」1929 ・・・ 珍しいのは舞台がカリブ海あたりと思われる南洋諸島ということ。ブルジョアの物語という点はそれまでのものと同じ。でも、場所はプランテーション。確かこの時代からツァー旅行がはやりだした。ええと、プランテーションを経営するイギリス人の双子。聡明で知的な兄が夜射殺される。傍らには彼の腹心の部下の黒人死体があり、同じ日に離れた海沿いの崖で小悪党の黒人も殺されていた。西洋人の兄は、直前に腹心の部下にサトウキビ泥棒を殺せと指示を出し、15歳も年下の女に振られたことを気にしていた。問題は、性格分析で事件を解決できるという趣向かな。重厚な文体と的確な心理描写はさすが大家と思わせるが、人間観察だけで事件を解決するというのはね。現実でこんなことをされると、冤罪を引き起こすことになるだろう。

ハメット「スペードという男」1929 ・・・ 殺されるかもしれない、という電話のためにその家にいくと、電話の主は首を絞められて殺されていた。その部屋に、エレベーターボーイ、ハウスキーパー、殺された実業家の弟(ついさっき結婚したばかり)、死者の娘(結婚詐欺にかかりそうだった)、警察官などが次々と押し寄せ、小説は部屋から一歩も外に出ない。プロローグとエピローグのある一幕の悲喜劇かな。スペードのクールさがかっこよく、この探偵は警察とは喧嘩をしないらしい。

クイーン「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」1929 ・・・ 土砂降りの夜、資産家に招かれたエラリー。マッド・ティー・パーティの劇に立ち会うことになる。その夜、資産家の家主が失踪、奇妙な贈り物が届けられる。その品々はアリス譚に関係しているらしい。2年以内に宇野利泰訳で読んでいるはずなのに、同じ原作と思えなかった。たぶんこちらの井上勇訳があまりうまくないせいだろう、と他人に責任を転嫁する。後期クイーンが得意にしたモチーフがデビュー直後に現れているのに注意(奇妙なプレゼントとか、犯人へのコン・ゲームとか)。

コッブ「信・望・愛」1930 ・・・ 護送中の殺人犯3人が乗っていた列車から脱走する。ギロチンにかかりたくないフランス人とガロット(首を絞めて殺す道具)にかかりたくないスペイン人と、無期懲役の沈黙の地獄に落ちたくないイタリア人。彼らの運命はいかに。うぶな高校生には衝撃的でした。

バーク「オッターモール氏の手」1931 ・・・ サイコパスの殺人を描いた最初の作にして最高の作。久しぶりに読んで、その目の詰まった描写を堪能した。これがあるから、クイーンのあれとかブロックのあれとかハリスのあれとか有象無象のあれが書かれたのだ。その後の引用よりもこれ以前の系譜が気になる。すると、やはり「ジャック・ザ・リパー」とポオ「群集の人」を忘れるわけにはいかない。これは都会の生んだモンスターの話なのだ。あとは冒頭の二人称の語りの斬新さに耳目を開かれることになる。あと、権力の犯罪であるというところも新しい。

チャーテリス「いかさま賭博」1932? ・・・ 休暇中のセイント(義賊)に元奇術師、いまのいかさま賭博師が近寄る。セイントが避暑地に立ち寄ると、目の前で賭博ですってしまったカップルの痴話喧嘩が聞こえる。彼らを助けるためにセイントは賭博場に赴く。その勝負の行方は? いかさまがあるとわかった上でのセイントの驚くべき対応! コンゲームの古典的な作品。

セイヤーズ「疑惑」1933 ・・・ 料理に砒素を混入させて主人を毒殺した料理女が逃亡中だった。ママリイ氏はここしばらく体調がすぐれない。たまたま農機具を入れた納屋をのぞくと、砒素入りの農薬のふたが緩んでいた。ということは、家でやとった料理女のせいか? 知り合いの分析屋にココアを調べてもらうと砒素が大量に含まれていた。おちは他のところでもよく見聞きするもの。それでも恐ろしい。英国の作家は必ず怪談を書くものなのかねえ。前巻のクリスティといいこのセイヤーズといい。

ウォルポール「銀の仮面」1933 ・・・ 「奇妙な味」の極北にある作品。ストーリーは言わないほうがよい。これが不気味なのは、今でもよく起こることだから。老人を相手にした様々な詐欺のやり方の古典で、典型で、すべてであるから。孤独な、人に飢えているものの善意に漬け込みことで、かつ相手の心理を手玉に取るやり方。ああ、恐ろしい。そして自分もそれにかかったなあ、相手はこの作品の青年のように意図的でなかった分、さらに悪質というか、法に訴えることができないところが困ったところ。今回はまともに読めなかった。


 「世界短編傑作集」全5巻のうち、最初に読んだ一冊。ときどき、高校生時代の深夜の勉強部屋を思い出した。そのときには、探偵小説ってこういうものだっけ?という疑惑みたいなことが浮かんだ。あらためてラインアップを眺めると、純粋探偵小説はフィルポッツとクイーンだけ。探偵小説の黄金時代はすでにジャンルを越境する冒険を始めていたのであった。

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2010/11/04 江戸川乱歩「世界短編傑作集 1」(創元推理文庫)
2010/11/05 江戸川乱歩「世界短編傑作集 2」(創元推理文庫)
2010/11/06 江戸川乱歩「世界短編傑作集 3」(創元推理文庫)
2010/11/08 江戸川乱歩「世界短編傑作集 5」(創元推理文庫)