odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ジョン・ディクスン・カー「髑髏城」(創元推理文庫) 髑髏のかたちをした城に集まる普通でない人たち。20世紀にゴシックロマンスをよみがえらせる試み。

 くだらないことを備忘のために。カーのミステリでは、タイトルに数字の付いたものがある。どれくらい並べられるかな。
1・・・「一角獣の怪」(一角獣が「ユニコーン」なので)
2・・・「死が二人をわかつまで」(短編に「二つの死」というのがあるらしい)
3・・・「三つの棺」「第三の銃弾」
4・・・「四つの凶器」(短編に「四号車室の殺人」「第四の容疑者」というのがあるらしい)
5・・・「五つの箱の死」

7・・・(「シャーロック・ホームズの功績」所収の短編で「七つの時計の事件」)
8・・・「剣の八」
9・・・「九つの答」「九人と死人で十人だ」
番外。ラジオミステリで「B13号船室」
 とある好事家のサイトでタイトルを閲覧。「a」「another」で日本語タイトルに数字の出るのは除外(したはず)。6がないのは残念。たぶん、クィーンやクリスティではここまでできない(と思ったら著作がおおいので、結構リストアップできた)。

ライン河畔にそびえる古城、髑髏城。その城主であった稀代の魔術師、メイルジャアが謎の死を遂げてから十数年。今また現在の城主が火だるまになって城壁から転落するという事件が起きた。この謎に挑むのは、ベルリン警察のフォン・アルンハイム男爵と、その宿命のライヴァル、アンリ・バンコラン。独仏二大探偵が真相をめぐってしのぎを削る。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488118129

 1931年作。「髑髏」はなにかの暗喩かと思ったら、実はそのような形状を持っているのであった。これは驚きで、すぐさまウィルソン「城塞(ザ・キープ)」、ストーカー「ドラキュラ」、なによりもウォルポール「オトラント城」を思い出した。ということで、この探偵小説は古式ゆかしいゴシック・ロマンスに新しい衣装を着せたものだった。その点では、クィーンやクリスティなどとは志の向きが異なる。ヴァン・ダインやノックスの基本ルールに抵触しているかもしれないが、それは構わないことなのだ。登場するのは、魔術師、俳優、富豪、画家、ヴァイオリニストなどで、「普通」の人が出てこない。とても現実的ではないのだが、このジャンルであればOKであること。
 それでも、こういうゴシック・ロマンス向きの人物の影がうすくなってしまうのは、ドイツの謹直な職業探偵アルンハイム男爵が個性的な風貌と言説で、彼らを惑わすからだ。この男爵はジャン・ルノワール監督の映画「大いなる幻影」に登場するエリッヒ・フォン・シュトロハイムに思えてしかたなかった。それくらいにキャラがたっている。この人物がかつてバンコランのライバルであったという設定によって前面に出てくることにより、事件と登場人物を背景にかくしてしまう。その結果、事件の真相を見えにくくした。この書き方はいろいろ応用が利きそうだな(というか、このやりかたを展開するために作られたキャラクターがフェル博士でありH・Mであるのだろう)。事件の前に、奇怪な探偵が立ちふさがって、謎を隠してしまうのだ。
 さらにゴシック・ロマンス的であると思ったのは、真相にかかわる。ここで発見された(すなわち隠された秘密)ことは人物関係であって、兄弟関係と夫婦関係であった。このような貴種流離譚の変形がこの探偵小説。