幽霊屋敷に宿泊中の主教が奇行を繰り返すという訴えがあった。主教は手摺りを滑り下りたり、メイドの髪を引っ掴んだり…さらに彼はとてつもない犯罪がこれから起こると言っているらしい。警察はその言葉を信じていなかったが、主教の言葉を裏付けるように隣家の鍵のかかった部屋で射殺体が発見される。そして死体の側には一枚の不吉なタロットカードが!続出する不可解な謎にギデオン・フェル博士が挑む。
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ポケミスは妹尾韶夫訳。手元にないのでぼんやりとした記憶に頼るけど、旧字旧かなで読みにくかった。こちらは加賀山卓朗訳。しかもこの5年以内に旧訳で1回、新訳で2回読んでいることになっている。でも、全然中身を覚えていなかった。
例(「魔女の隠れ家」「髑髏城」「曲った蝶番」「震えない男」うしろふたつは「剣の八」の後に書かれた)によって、イギリスの地方にある幽霊屋敷を舞台にする。上記のように奇行を繰り返す主教がいて、彼がある部屋に閉じ込められたときに、ポルターガイスト騒ぎが起こり、挙句の果てにインクつぼを投げつけられる(こちらはその後ほとんど話題にされない)。嵐の夜に、隣家で射殺死体が発見される。当夜、人嫌いの住人を誰かが訪れたようだが、行方は知れない。その後、この偏屈な人はアメリカで有名な犯罪者と関係があるらしいことがわかり、どうやら彼は自分を探しに来る男を返り討ちにすることをもくろんでいたらしい。
というような犯罪のプロットにあわせて、この事件に関係した連中が推理をそれぞれ披露する。上記の奇行の主教(犯罪学が大好き)、その息子でアメリカで犯罪学を学んだ青年、アメリカからやってきた探偵作家(こいつは「盲目の理髪師」に登場するらしい)、出版社の社長、マーチ警部とハドリー警視の警察官、さらにはフェル博士。彼らが死体を前にして、あれこれいいあい、場合によっては独自に捜査を行う。文庫の解説者によると、<探偵がいっぱい>の趣向を凝らしているのではないかとのこと。これで思い出したのが、「モンティ・パイソン」の鉄道愛好家の殺人事件スケッチ。登場人物がすべて鉄オタで、容疑者の証言が時刻表と合わないとつっこみあうというもの。なるほど、この「剣の八」はモンティ・パイソン同様のシチュエーション・コメディなんだ。ミステリ愛好家が他殺死体にであったら、どんなことが起こるか、ヲタ趣味満開でストーリーを混乱させ、喜劇を演じることになるだろう。そういうもくろみの実験作。事実、主教以下素人探偵の推理はことごとく外れ、意外な真相があきらかになる。とくに主教の探偵趣味に対する揶揄は痛烈で、彼の奇行は彼の思い込み(スパイがいるとか犯罪者がかくれているとか)による捜査活動のためであったということになる。ここで思い出すのは、ノックスの「陸橋殺人事件」で、ここでも素人探偵の活動が揶揄されていたのだった。奇行の主教はロアルド・ノックス師であるようだし、アメリカから来た気障な推理作家というのはエラリー・クイーンに似ている。不機嫌な出版社社長はモデルは思い当たらない。ついでにいうと、解決には本格推理物にあるような重厚さ、人間存在のはかなさ・かなしさなどに思いをはせる文学的余韻というものはない。作中でからかわれているように、エンターテイメントの派手で薄手なものになっている。これも当時流行ったミステリを虚仮(こけ)にしているのではないかしら。そんな具合に、コメディにものまね、パロディまで動員して笑いを醸し出そうとしている。心意気やよし。
とはいえ、密室的な現場、動機の見当たらない犯罪、タロットカードの意味など、本格推理のギミックも用意していて、さらには意外な犯人にこだわり、若い男女のロマンスも加わる。そんな具合にいろんなことを盛り込みすぎたおかげで、どれも中途半端になってしまって、バランスの悪いものになってしまった。これに懲りて(かどうかはわからないけど)、本格推理とコメディはこのあと書き分けるようにしたのじゃないかなあ。1934年作。
カーの魔術趣味、オカルト趣味の例として、「剣の八」のタロットカードがよくあげられるが、事件との関係は薄く、蘊蓄はほとんど語られない。都筑道夫「西洋骨牌探偵術」に詳しいので、こちらも読むように(一応注意しておくと、正しくは「タロウ・カード」と読むらしく、都筑センセーはなにせ読みにはこだわる人なので、一貫して「タロウ・カード」。)
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