odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

カーター・ディクスン「貴婦人として死す」(ハヤカワ文庫)

第二次世界大戦突入直前のイギリスの田舎町に、リタ・ウェインライトという美貌の女性がいた。38 歳で女盛り、二十歳年上の夫である老数学教授アレックは、やさしいがおとなしく、リタには物足りない男 だった。そこに現れたのが、アメリカから来た若い俳優バリー・サリヴァン。リタとバリーはすぐに恋に落 ち、田舎町ではリタとバリーが邪魔なアレックを殺そうとしているという、まことしやかな噂が流れた。 そんなある夜、老医師リュークはアレックの屋敷に招かれた。アレック、リタ、バリー、リュークの四人で、 ゲームでもして楽しい夜を過ごそうという。ところが、アレックが日課のラジオを聴いているとき、 リタとバリーは屋敷を出ていき、探しに行ったリュークは二人が裏の海に心中したらしき形跡を見つける。 あわてて警察に報せようとするが電話線は切られ、自動車のガソリンは抜かれていた。心中事件として処理さ れそうなところ、一人、他殺を訴えるリューク。そこにヘンリー・メルヴェール卿が登場する。
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 西洋には「心中」という概念がないそうだが、障害によって恋愛が成就されないとき、二人が同時に自殺するというのはあるのかな。自分の読書の記録を探ってみたけど西洋文学には見当たらなかった。という具合に珍しい発端になる(この国にはいろいろありそうだがねえ)。しかし、問題は崖からの飛び降りで溺死したはずの二人が射殺体でみつかったこと。彼らが崖に残した足跡には他人のものは混じっていない。銃痕をみるとほぼ体に接触して発射されたことがわかっている。では、どうやって事件は起きたのか。こうやって堅い感じで冒頭の謎を書きだすと、「テニスコートの謎」と「震えない男」の折衷作みたいに思えるね。足跡の謎に空中で発射された銃弾という謎。
 これまでのカーだと、この「殺人事件」の謎に加えて、オカルトやら冒険、伝奇、ユーモアあたりのいろいろな趣向や知識を盛り込むものだが、ここでは謎一本で勝負している。途中に加えられるのは、H・Mのスラップスティックコメディ。電動車椅子で2回暴走するわ、ローマの高官のコスプレをするわで、笑いを一手に引き受ける。とはいえ、このコメディがストーリーにうまくからんでいるかというとそうでもない。「連続殺人事件」「パンチとジュディ」のようなユーモア小説ではないからね。
 かわりに立ち上ってくるのは、世代間のギャップという問題。「死者のノック」「猫と鼠の殺人」「パンチとジュディ」でも繰り返された19世紀と20世紀の道徳観の齟齬が語られる。初出が一番早いのがこの小説なので、カーの問題意識が最初に書かれたものだろう。1943年作で、カーは37歳。まあなんとも若くして老成してしまったものだ、と嘆息。物語の書き手が19世紀生まれで、頑固でかつ旧道徳を順守するというところから、この齟齬はめだつことになる。
(探偵小説的な興味だと、手記の書き手はたいてい犯人を隠匿している。ここでもそう。書き手が意識しないで、容疑者を容疑からはずすことになるのだ。というわけで、この小説は上記の足跡や銃弾トリックよりもこちらのほうで斬新といえる。犯人を当てられなかった読者が逆恨みすれば、意外な犯人にこだわり過ぎで、フェアでない!といいたくなるのだが。)
 戦中の作(1943年)にもかかわらず、戦争はほとんど表れない。会話のなかで空襲の危機が語られるくらいだった(二人の登場人物が後日譚で戦争に巻き込まれているのを忘れていた)。このころには戦局は多少改善されていたとはいえ、輸入減による食料の減少があったり、ほぼすべての物資が国家の統制で割り当てられていたりと、生活は苦しい。この国でも同じような戦時統制経済政策がとられたが、このような大衆小説を書くことに制限が加えられた。この国では戦争中の探偵小説はまずない。捕り物帳かスパイもの、空想科学ものだったのだ。イギリスの政策の余裕とみるか、民主主義の根深さをみるか、資本主義の大きさをみるのかまあちょっと思いをはせてもいい。