弁護士パトリック・バトラーはテイラー夫人殺害の容疑で捕われた娘ジョイスの弁護を引き受けた。夫人はジョイスと二人きりの邸内で毒殺されたのだ。絶対不利な状況にもかかわらず、バトラーは見事に無罪判決を勝ち取る。だがその直後、今度は夫人の甥が毒殺された。当地に滞在中のフェル博士とバトラー、二人の名探偵が突き止めた真相とは? 巧妙きわまる心理トリックを駆使したバトラー初登場作。改訳決定版。
(文庫裏表紙の説明から)
うーん、2004年にポケミス版を読んだことになっているが全然記憶にないぞ、いったいどうしたわけだ。
ロンドンでは毒殺事件が続出していた。上のテイラー夫人毒殺もその一つとみなされていた。ハドリー警視はそれにかかりきりなので、本作にはほとんど登場しない。フェル博士はもっぱらバトラーの教師役と事件の引っかきまわしをするので、あまり目立たない。というわけで主役は、気障で嫌味なパトリック・バトラー弁護士となる。「私は間違えることはない」というのが口癖で、二人の美人の弁護を頼まれると、すぐさま「この女はおれに気があるらしい」と思いこみ、せっせとくどきだす。このような「人間的」な探偵を読者はカーの作品として認められるかで、この作品の見かたが変わるだろう。
2件目の毒殺事件で逮捕されたルシア・レンショーをいかに助けるかが主題になる。状況からすると、その夫リチャードが殺されたとき、家にいたのはルシアと女中くらい。さらにテイラー夫人の遺産はルシアに相続されることになり、いきなり金持ちになるというのも疑惑をますことになる。リチャードにはよくないうわさもあり、テイラー一家がなにをしているか突き止めようと私立探偵が暗躍したこともある。バトラーは遺産と私立探偵の線から捜査を開始する。途中、フェル博士がバトラーに、この事件には謎の悪魔崇拝団がある。内部の主導権争いで何か起きているらしいと示唆する。レヴィン「ローズマリーの赤ちゃん」を経験しているわれわれにとっては(あるいはロジャー・コーマン「悪魔の花嫁 The Devil Rides Out('68)」を見ているわれわれ(笑)にとって)、悪魔崇拝団と謎解きミステリの親和性はそれほど高くないと思える。なにしろ、こういう邪悪な集団が殺人事件の黒幕であるという結末は謎解きのカタルシスには程遠い。その一方、ホラーの世界であれば、身近にいる人がこういう邪悪なことをたくらんでいるという恐怖を募らせることができる(タイトルをあげるとまずいよなあ。コンデのこれとか、ソールのそれとか、赤川のあれとか、トライオンのどれとか、クーンツのなにとか)。
むしろ、ここではバトラーの捜査方法とその経過中に起きる彼への傷害事件に注目しよう。警察から強い容疑を受けているルシアは、バトラーの「いっしょに夕食でも」の誘いにすぐにのり、適度に着飾って有名レストランに入ったり、危険なところにあるクラブにいく。そこには「捜査をこれ以上するんじゃねえ」というごろつきがいて、バトラーをたたきのめそうとするのだ。バトラーも応戦するが、後頭部をしたたかに殴られる。こういう襲撃は2回あり、2回目は火のついた廃屋の中で、早く逃げ出さないと焼死するかもしれないというもうひとつの危機も加わっている。というわけで、バトラーは自分で言うほど頭がよいわけではなく(フェル博士の智謀のほうが勝っているのだ)、行動することで相手の反応を引き出し、そこから証拠を見つけていく。なるほどこれはハードボイルドの探偵のやりかただ。初出は1949年でハドリー・チェイスやミッキー・スピレーンが流行っていたころ。自分は、本作はカーによるハードボイルドの試みとみた、いかが。
で、成功しているかというとそうではなく、バトラーは観察者(private-eye)に徹することはできないし、その観察力もふたしか。それに家族や一族の内面があぶりだされる事件ではないしね(隠していることは大きいのだが)。なにより、そのジェントルマン精神がハードボイルド型の探偵になりきることを妨げている。彼は他人の生活や感情に踏み込みたがるし、同情や憐憫ときにはスポーツマンシップを発揮せずにはいられない。こういう人物は冒険小説に似合っている。この先、ミステリー風味の歴史冒険小説に行ったのは、こういう人物造形をするのであれば、当然というか必然、なのだろう。
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