odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「アメリカ銃の秘密」(ハヤカワ文庫)

0人の騎手を従え、2万人の観衆の歓呼の声浴びて、さっそうと躍り出たロデオのスター、たちまち起こる銃声と硝煙の乱舞の中で煙とともに消えた生命。ありあまる凶器の中から真の凶器が発見されない謎を、名探偵エラリー・クイーンはいかにして解くのだろうか? ニューヨークのど真ん中に西部劇を持ちこんだ非凡な着想に、読者は魅了されることだろう。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488104108

 1932年の奇跡の年の翌年の作。それまでの国名シリーズがある種の重苦しさをもっていたのに、ここでは明るさが漂っている。ロデオ興行というアメリカらしい風物を扱っているからだろう。1930年代になると、もはやカウボーイやカウガールの独立独歩の生活はできなくなっていて(フロンティアがなくなり、カウボーイのような法の外にいるという存在ができなくなっていて)、労働者や組織に所属しないと所得を得られないという状況になっている。たぶん、ロデオ興行というのはアメリカの時代劇の舞台みたいなものなのだろう。それに、映画もトーキーの世界になっていて、かつてのキーストンコップのような無声コメディも居場所を失っているのだ。しかも世界大恐慌から数年後。ルーズベルトは大統領になっていたが、まだ不況を脱していないし、いろいろ問題があったのだった。あれ、最初の文章を支援することがかけない。えーと、明るさがあるとすると、後のハリウッド物につながる興行界を書いたことにあるのだろう。根無しで、シニカルで、詐欺も辞さないような近代人の巣窟なのだから。
 舞台はロデオ興行場。野球場を改造したものかなあ。かつての映画スター、いまは落ち目の俳優が乾坤一滴の勝負をかけてニューヨークに乗り込んでくる。彼は直前に賭博で財産をすっていて、しかももはや人気はないのだった(なにしろ65歳なのだし)。ロデオ興行の初日、コーナーを曲がったスターが突然、落馬する。彼は銃で撃たれていたのだった。しかし、会場のどこからも銃は発見されない(観客2万人を身体検査したのだった)。2万人の目が注目する中でどうやって銃殺したのか、そして警察に囲まれた会場でどうやって銃を隠匿したのか。興味はこの2点に絞られる。ああ、あとひとつ、なぜ落ち目の映画スターが殺されたのか。それから1ヵ月後に同じ状況で、映画スターの代役になった男も同じ状況で射殺された。その片腕の男は、映画スターといざこざを起こしていたのだった。16歳のジェールにけしかけられて、この興行を見に来ていたクィーン親子が謎を説くことになる。
 14歳で読んでいたはずなのに、すっかり細部を忘れていて、しかも作家の罠にまんまとはまってしまった。ちょっとくやしい。
 面白かったのは、こういう興行に映画会社が独自の撮影班をよこして、撮影したフィルムをニュース映画として興行に使っていたことかな。TVは実験段階。フィルムを現像する手間があっても、映像を残すというのは、メディアの革命であったのだなあ。それが企業化されていく過程の一瞬がここに描かれていて、興味深かった。