odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

横溝正史「悪魔が来たりて笛を吹く」(角川文庫) 「斜陽」のような没落貴族の家庭と六本木という繁華街を舞台にするが金田一には都会は似合わない。

世の中を震撼させた青酸カリ毒殺の天銀堂事件。その事件の容疑者とされていた椿元子爵が姿を消した。「これ以上の屈辱、不名誉にたえられない」という遺書を娘美禰子に残して。以来、どこからともなく聞こえる“悪魔が来りて笛を吹く”というフルート曲の音色とともに、椿家を襲う七つの「死」。旧華族の没落と頽廃を背景にしたある怨念が惨劇へと導いていく――。名作中の名作と呼び声の高い、横溝正史の代表作!!
http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=199999130404


 敗戦後、すっかり零泊してしまった旧華族・椿家。当主はフルートの名手であったが、混乱の時期にあって生活力はなかった。空襲による被害をまぬかれた六本木の邸宅には妻の一族が間借していて、妻の 兄*1の放蕩者は彼をけなしつつ借金を重ね、今は政治力を失ったその父は妾を囲ってかってきままに暮らしていた。近隣の宝石店に保健所職員を装った男が従業員に毒薬を飲ませ殺害し、宝石を奪う事件が起こる。モンタージュ写真に似ていたという理由で当主は拘留されたが容疑は晴れる。しかし、彼はすぐに失踪。そして椿家のやっかいものが相次いで殺される事件がおきた。ひとつは密室殺人。椿家当主の娘に依頼された金田一は捜査を開始するが、冷血な殺人鬼は金田一の先回りをして次々に犯行を重ねる。いったい誰が、なぜ、どうやって。昭和22年の世相を反映した混乱期に起きた不可解な連続殺人事件の謎をどうやって金田一は解決したか。
 すでに「本陣」「獄門島」「八墓村」「犬神家」を書いた後なので、著者の情熱は薄れつつあったのか、疲れていたのか精彩に乏しい。ポイントは「斜陽」のような没落貴族の家庭と六本木という繁華街を舞台にしたことで、こういう舞台は明智小五郎にはふさわしいけれど、金田一のスタイルにはあわない。なにしろよろよれのはかまに破れ帽という姿からして都会にはミスマッチなのだ。前半は砂を使った占い、そこに現れた不吉な印、直後に起きた密室殺人と舞台はカーのものである。ほとんど「赤後家の殺人」あたりを彷彿とさせるのだが、描写はそこまで。次には岡山から淡路島への捜査旅行となり、旅館のおかみなどの田舎人や風景の描写は筆が走るものの事件は停滞する。東京に帰省すると事件は走り出すが、人物は描かれない。せっかく数人の人物に指がかけていることが描かれながらも、伏線にうまくはまることはなかった。これはやはり由利先生の登場するべき事件ではなかったかしら。
 1920年代のモダニストも戦争を体験した後、世相の変化に追いつかかなかった。この数年後には松本清張が出てきて、こういう戦前からの探偵小説は一気に古臭くなってしまったのだ。それがリバイバルされたのは、ディスカバー・ジャパンの標語が生まれたオイルショックの後、「いい日旅立ち」で古い日本を再評価する時代になってからだった。あいにくこの長編はそれにも乗ることができなかったが。

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*1:指摘により修正しました。ありがとうございます。2019/11/26