世の中を震撼させた青酸カリ毒殺の天銀堂事件。その事件の容疑者とされていた椿元子爵が姿を消した。「これ以上の屈辱、不名誉にたえられない」という遺書を娘美禰子に残して。以来、どこからともなく聞こえる“悪魔が来りて笛を吹く”というフルート曲の音色とともに、椿家を襲う七つの「死」。旧華族の没落と頽廃を背景にしたある怨念が惨劇へと導いていく――。名作中の名作と呼び声の高い、横溝正史の代表作!!
http://www.kadokawa.co.jp/bunko/bk_detail.php?pcd=199999130404
敗戦後、すっかり零泊してしまった旧華族・椿家。当主はフルートの名手であったが、混乱の時期にあって生活力はなかった。空襲による被害をまぬかれた六本木の邸宅には妻の一族が間借していて、妻の弟 兄*1の放蕩者は彼をけなしつつ借金を重ね、今は政治力を失ったその父は妾を囲ってかってきままに暮らしていた。近隣の宝石店に保健所職員を装った男が従業員に毒薬を飲ませ殺害し、宝石を奪う事件が起こる。モンタージュ写真に似ていたという理由で当主は拘留されたが容疑は晴れる。しかし、彼はすぐに失踪。そして椿家のやっかいものが相次いで殺される事件がおきた。ひとつは密室殺人。椿家当主の娘に依頼された金田一は捜査を開始するが、冷血な殺人鬼は金田一の先回りをして次々に犯行を重ねる。いったい誰が、なぜ、どうやって。昭和22年の世相を反映した混乱期に起きた不可解な連続殺人事件の謎をどうやって金田一は解決したか。
すでに「本陣」「獄門島」「八墓村」「犬神家」を書いた後なので、著者の情熱は薄れつつあったのか、疲れていたのか精彩に乏しい。ポイントは「斜陽」のような没落貴族の家庭と六本木という繁華街を舞台にしたことで、こういう舞台は明智小五郎にはふさわしいけれど、金田一のスタイルにはあわない。なにしろよろよれのはかまに破れ帽という姿からして都会にはミスマッチなのだ。前半は砂を使った占い、そこに現れた不吉な印、直後に起きた密室殺人と舞台はカーのものである。ほとんど「赤後家の殺人」あたりを彷彿とさせるのだが、描写はそこまで。次には岡山から淡路島への捜査旅行となり、旅館のおかみなどの田舎人や風景の描写は筆が走るものの事件は停滞する。東京に帰省すると事件は走り出すが、人物は描かれない。せっかく数人の人物に指がかけていることが描かれながらも、伏線にうまくはまることはなかった。これはやはり由利先生の登場するべき事件ではなかったかしら。
1920年代のモダニストも戦争を体験した後、世相の変化に追いつかかなかった。この数年後には松本清張が出てきて、こういう戦前からの探偵小説は一気に古臭くなってしまったのだ。それがリバイバルされたのは、ディスカバー・ジャパンの標語が生まれたオイルショックの後、「いい日旅立ち」で古い日本を再評価する時代になってからだった。あいにくこの長編はそれにも乗ることができなかったが。
横溝正史「恐ろしき四月馬鹿」(角川文庫)→ https://amzn.to/43b8xp9
横溝正史「山名耕作の不思議な生活」(角川文庫)→ https://amzn.to/49OEshF
横溝正史「悪魔の家」(角川文庫)→ https://amzn.to/4acZZQZ
横溝正史「翻訳コレクション」鍾乳洞殺人事件/二輪馬車の秘密(扶桑社文庫)→ https://amzn.to/3wOrO3F
横溝正史「蔵の中・鬼火」(角川文庫)→ https://amzn.to/4ad0af7
横溝正史「夜光虫」(角川文庫)→ https://amzn.to/49O7Q7s
横溝正史「真珠郎」(角川文庫)→ https://amzn.to/3TgbwrO
横溝正史「花髑髏」(角川文庫)→ https://amzn.to/43gHgRW
横溝正史「仮面劇場」(角川文庫)→ https://amzn.to/43dPnPg
横溝正史「本陣殺人事件」(角川文庫)→ https://amzn.to/4c3NrwO
横溝正史「蝶々殺人事件」(角川文庫)→ https://amzn.to/4a3oLU1 https://amzn.to/3Phe7QR
横溝正史「刺青された男」(角川文庫)→ https://amzn.to/3Iw5u1l
横溝正史「ペルシャ猫を抱く女」(角川文庫)→ https://amzn.to/3VdLwjt
横溝正史「獄門島」(角川文庫)→ https://amzn.to/3uVMXbC
横溝正史「八つ墓村」(角川文庫)→ https://amzn.to/4c8QB2v
横溝正史「犬神家の一族」(角川文庫)→ https://amzn.to/3VfILhA
横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」(角川文庫)→ https://amzn.to/3TgObpV
横溝正史「女王蜂」(角川文庫)→ https://amzn.to/43b17SJ https://amzn.to/4a5qgjZ
横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)→ https://amzn.to/3Tw6UPp
横溝正史「悪魔の手毬歌」(角川文庫)→ https://amzn.to/4ceP4b2
横溝正史「仮面舞踏会」(角川文庫)→ https://amzn.to/3TaNQVH
横溝正史「迷路荘の惨劇」(角川文庫)→ https://amzn.to/3PecAes
日本探偵小説全集〈9〉横溝正史集 (創元推理文庫)→ https://amzn.to/4a7kP4a
*1:指摘により修正しました。ありがとうございます。2019/11/26