odd_hatchの読書ノート

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横溝正史「仮面舞踏会」(角川文庫)

裕福な避暑客の訪れで、閑静な中にも活気を見せ始めた夏の軽井沢を脅かす殺人事件が発生した。被害者は画家の槇恭吾、有名な映画女優・鳳千代子の三番目の夫である。華麗なスキャンダルに彩られた千代子は、過去二年の間、毎年一人ずつ夫を謎の死により失っていた。知人の招待で軽井沢に来ていた金田一耕助は、早速事件解決に乗り出すが!構想十余年、精魂を傾けて完成をみた、精緻にして巨大な本格推理。
仮面舞踏会 金田一耕助ファイル17 横溝 正史:文庫 | KADOKAWA

 登場人物が何しろ多くて、覚えるのが大変。鳳千代子は結婚離婚を繰り返したおかげで、5人の夫。戦前の映画俳優、戦後の劇団主催者、洋画家、作曲家、現在婚約中の会社社長。それに加えて、最初の夫の母(旧華族の出)と娘(最初の夫との子)。会社社長は古代オリエント学に入れあげているので、その学者。作曲家の弟子の学生たち。学生の友人で事件の一年前に心中に失敗した学生。2番目の夫の元妻、その友人の老婆。会社社長に恩義を感じている元書生にして現在運転手でボディガード。地元の警察関係者数名と等々力警部に金田一。ふう。こういう雑多な人物を縦横に活躍させて、最後のひとつの絵にぴたりをはめていく手腕はさすが。
 殺人手段は青酸カリということだが、事件そのものにトリックが仕掛けられていて、それを解読するというのではなく、雑多な登場人物の関係図を明らかにするというのが主眼になっている。京極夏彦あたりはこいつを参考にしているのではないかな。今回の事件では、近代化に乗り遅れた地方とそこに住む旧家が舞台になっているのではなく、軽井沢という観光地。そこに集まるのは根無し草の都会人ばかり。そういう人物は自分の打算と思い込みで、口をつむぐおかげで捜査は進まない。金田一というのはすぐれたカウンセラーで、彼の風采や朴訥として率直な語り口で、彼らから真意を引き出すことができる。そういう探偵だからか、事件が全部展開しないと解決できないわけで、物的証拠を元に真相を発見するホームズ型の探偵とは異なる。似ているのは、作中で言及されているミス・マープルあたりかな。この人も聞き上手で、本人の個性は薄くても、口を開かせることについては一流。いいアイデアかな、カウンセラー型の探偵というカテゴリは。だから、事件が終わりを告げたとき、関係者のトラウマやコンプレックスが止揚されていて、それがすがすがしい気分にさせてくれる。こういうカタルシスもあっていいよな。
 タイトルの「仮面舞踏会」は、ヴェルディのオペラから。構想した昭和35年だと、LPも少ないし、舞台上演も少ないし、たぶん参考になる資料もほとんどなかっただろう。夏の軽井沢で現代音楽のセミナーと演奏会が行われているという描写がある。たしかこのころ、中島健蔵吉田秀和らの主催でそういう催しがあった。芥川や黛などが新進気鋭の作曲家、学生にちかいところに武満、指揮者が尾高(父)あたりかな。

仮面舞踏会 (角川文庫―金田一耕助ファイル)

仮面舞踏会 (角川文庫―金田一耕助ファイル)