パリ近郊の城館で開かれた野遊会の日、突然発生した殺人事件と盗難事件。乗り出したのは、リュパンのよき理解者であるルースランの予審判事。彼は安楽椅子に腰をかけたままご馳走をたらふく詰めこみ、微笑しながら、みごとに難事件を解決する。著者最晩年の作だが、70歳という年齢を思わせぬみずみずしさを湛えたミステリ。
赤い数珠 - モーリス・ルブラン/井上勇 訳|東京創元社
創元推理文庫のサマリは、ルブランものについてはあまりうまくまとまっていない。主人公は富豪の伯爵。とある企業の上場に関連して彼は大もうけをした。彼にはあまり仲のよくない妻がいて、彼を監視しているらしい。なにしろ伯爵はとある企業に関連した友人の妻を横恋慕(これは死語だよな)していたから。伯爵は、友人とその妻、さらには凡庸な(まるでフローベールの小説にでてくるような)田舎の知識人を呼んで、園遊会を開く。夕方の驟雨があって、株券の盗難、そして伯爵の妻の殺人が起こる。
というわけで、現代の読者にとっては、登場人物を紹介したところで犯人がわかってしまうだろう(くどいけれども自分が優れているからではなく、単にパターンをよく知っているから。これも1934年という古典時代の作品だし)。舞台は、田舎貴族の館とその地所に限定されていて、以前の冒険小説とは著しく異なる。そして、作者の筆は個人の心理を描き出すことに集中していて、主には3つの女の恋愛感情。結婚しているが夫のへの愛が薄れ猜疑心ばかりをもつような女、不貞の恋を持ちかけられ夫への貞節をまげることなく顕然と拒否しながらもその恋を受け入れたいという欲望をもつ女、魅力的な四肢を存分に生かして男を誘惑し複数の男の恋を自由に操り人生を楽しむ女。事件の表層は、男の欲望が挫折することにあるのだけれど、その奥に女の欲望とそれを拒絶する社会との葛藤があって、そちらの解決はようと知れない(というか、「カルメン」みたいに何度も繰り返されてきたものなのだが)。
ルースランという探偵はものぐさで、事件の証拠を集めて奔走することもなく、部下の刑事たちに指示することもなく、証人尋問を繰り返すだけ。しかも、解決を自分で発表するのでもなく、事件の主要な関係者が告発するようしむける(もしかして女性の欲望を挫折させるためにそうしたのか)。人物の軽さによって物語の重苦しさが薄れる。中期のカーが書いたらこんな風になりそうだな、という印象の一編。
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