パリ近郊の冬の別荘地で、大金を保管する老人の動向をうかがっていたラウールことリュパンは、老人の姪が殺され、狙っていた大金も消え去るという事件に巻き込まれた。しかし、目に見えぬ運命の糸に翻弄される息子と覚しき青年とリュパンの苦闘の前に立ちふさがる、今は亡きカリオストロ伯爵夫人の恐るべき執念と復讐との対決。
カリオストロの復讐 - モーリス・ルブラン/井上勇 訳|東京創元社
現ナマを持ち歩く老人の後を追うと、彼らの郊外の家には二人の娘(老人の姪だそうだ)。一人エリザベートは肺病病みだが結婚を控えている。もう一人ロランドは姉にかいがいしく尽くしている。結婚式をまじかに控えた夜、暴漢が押し入った。姉の婚約者が暴漢を射殺したが、同時に姉も別の理由で死亡する。そして老人の家からは大金その他が盗まれる。この婚約者の友人で自称画家のフェリシアンというのが怪しい。しかし、ラウールは彼がどうも盗みや推理の能力で天才的なひらめきを持っていることをしって、彼を援助したくもなり、犯人とも思う。さて、事件がおきて半年もすると、姉の婚約者は妹と接近し、結婚することになった。そして、妹はフェリシアンとも仲がよさそうで、しかもラウールを邪険に扱う。そして、フェリシアンと婚約者の間の喧嘩さわぎもおきる。ついには、妹・婚約者・フェリシアンの間でこの一連の事件の謎解きが行われる。
タイトルこそ「カリオストロ」の名がついているが、前作(といっても1924年発表でこの作は1935年なので、11年の間が挟まる)の主要人物ジョジェフィーヌ・バルサモは登場しない。あの数百年も生きてきたと自称する摩訶不思議な人物は不在のまま。それでも、「復讐」が成り立つのは、ラウールの妻クラリスとの間に設けた子供(彼は生後すぐに誘拐されたのだった)が生きていて、それがどうもフェリシアンらしいということにある。しかも彼を育てたものにはジョジェフィーヌの手書きのメモ、そこには「犯罪者となって、父を打倒しろ」という旨のメモも残っているのだった。なるほど、このときラウールは50に手が届くくらいになっているが、そこに青春時代の過ち(なのかな、まあいいや)が現実となってあらわれるとすると、それはやはり「復讐」と呼ぶしかないか。このときのラウールはもはや闘争しようという覚悟というか、心のエネルギーというか、がんばるぞという元気というか、そういうほとばしるものはなくなっていて、むしろフェリシアンという若いライバルの力量を測る教師の役割に徹している。
そうなんだ、ここにおけるラウール=リュパンは疲れている。かつてのように、敏捷に、かつ瞬発的に行動に移すことができなくなっている。まずは様子と見ようと、物陰からフェリシアンやロランドを伺う。ひどい言い方をすると、ピーピングに徹しているわけだ。なにより、若いロランドの気を引くことができなかったというのは決定的な敗北なのだろう。もはや1930年代の若者の英雄であるには年を食っていたのだった。
というわけで、後半は英雄はいかに生き(残る)べきかという問いが主題になる。ラウールは老いを自覚し、後顧の憂い(そんなものとは無縁だが)を次世代のヒーローに受け渡し、彼は引退することにする。いくつもの邸宅を持っているといってもそこには定住しないことにして、世界漫遊の旅にでかけるのだ。ヒーローは死なず、ただ消え去るのみ、ということか。ラストシーン近くで、ラウールはフェリシアン他に別れを告げるのだが、それはこの作品の100年前の「モンテ・クリスト伯」を思い起こさせるものだった、と告げておこう。
ある登場人物を造形したところ、思いがけず読者の人気を得て、長い付き合いが始まってしまった。作者自身が自分の老いを感じ、作者人生が長くないと思ったときに、彼はその登場人物をどのようにするのだろう。ひとつは、年もとらず姿かたちも変わらずに永遠に登場時のままにしておく方法がある(「サザエさん」「パタリロ」型)。もうひとつは、引導を渡し、もう登場しませんよと告げるやり方。そのとき、死亡させるか、引退させるか、失踪させるか、別の世界に旅立たせるかあたりが答えのパターンになる。こんなところを注意して、いずれ探偵たちの「最後の冒険」を別のシリーズヒーローで読むことになるだろう。既読はクリスティ「カーテン」、ロス「ドルリー・レーン最後の事件」、ドイル「最後の冒険」、スタウト「ネロ・ウルフ最後の事件」、横溝正史「病院坂の首縊りの家」あたり。
あと、この小説には過去の小説の登場人物がたくさん登場する。ラウールに寄り添う探偵ルースランは「赤い数珠」に出ているし、ほかにも「奇巌城」その他から登場人物が顔をのぞかせる。こんなところも作者にとっての「最後の小説」なのだ(とはいえあと2つ書いているとのこと)。
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