odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「金三角」(創元推理文庫)

篤志看護婦の危機を救ったパトリス大尉は、彼女の夫が殺され、その手に握っていた紫水晶のメダルと“金三角”という走り書きから、奇怪な事件に巻き込まれた。“金三角”とは? フランス金貨10億フランの謎とは? 二人の男女と国家的機密とが交錯する怪事件。大尉を助け、凶悪残忍な怪人物と死闘を繰り広げる、われらがリュパン! 
金三角 - モーリス・ルブラン/石川湧 訳|東京創元社

 1921年刊行。同じ年に「虎の牙」という最も長い長編もかかれていて、冒険小説家ルブランの最盛期になるのだろう。
 時は1915年。ドイツと東欧の不穏な情勢の中、フランスは中立と和平の道を探ろうとしている。パトリスは戦争で片足を失った廃兵。同じ廃兵仲間と協力して、看護婦の危機を救うことができた。しかし看護婦コラリーはパトリスの協力を拒む。そこで彼女の周辺を探っていくと、コラリーの夫エサレス・ベイはなにかをたくらんでいるらしい。強盗団の首領がエサレスを拷問している最中、従者シメオンが到着。強盗団を蹴散らすが、エサレスは死亡、シメオンはコラリーといっしょに逃亡する。それを目撃していたパトリスはコラリーの後を追い救出することに成功する。
 ここで、過去のいくつかの事柄が明らかにされる。ひとつは、ヨーロッパの不穏を期待するグループがいてフランスの金を奪取してきた。その額4億フランにも及ぶ。どうやらその金塊はエサレスが集めていたらしい。その行方は知れず、しかも戦争直前とあってどうしても国外搬出を阻止しなければならない。ここに愛国者パトリスの立ち上がる理由のひとつがある。もうひとつは、パトリスはコラリーに一目ぼれしたのだが、おどろいたことにシメオンがパトリスとコラリーの生まれてから今までの写真を集めていたのであり、彼らを監視してもいた。さらに、パトリスの父とコラリーの母は恋人であって、不幸な20年前の事件でコラリーの母は死に、パトリスの父もすぐに後を追ったらしい。シメオンは意外な事件に遭遇して狂気の世界にはいりこみ、コラリーをつれて逃亡する。彼らを追うパトリスはコラリーを見つけたものの、彼らの両親と同じように廃屋の地下室に閉じ込められ、今にも窒息死とガス死を迎えそうになる。ここまでは、うぶで元気な青年の冒険譚。あいにく、彼の頭では事態を把握できず(しかもコラリーに熱を上げすぎているので、冷静になれない)、敵の罠を逃れるすべもない。ここまでの主人公いじめは堂に入っている。悪役は強く、恋人は彼に背中を向け、絶体絶命の危機に直面するのだから。
 ここにようやくリュパンが登場。彼はフランスを救いたいという熱意の元に、パトリスに協力することにする。自身のみでは死地に陥るばかりのパトリスであったが、リュパンの智謀は敵のはかりごとをことごとく見抜き、さらには彼らの先手を打つまでになり、見事フランスの危機を救い、パトリスとコラリーの結婚を演出するのであった。
 リュパン登場後は、事態が解決に向けて加速していく。彼はあまりに優秀すぎるのがもったいない。まるで映画「海底軍艦」で、轟天号が出撃すると一気にムー帝国を壊滅して、その一気呵成さでもの足りなく思うのに似ている。罠にはめたつもりになった敵の高笑いに続いて、敵の裏を書いたことを明らかにするリュパンの姿は格好いいものだ。でもその裏で彼は、味方に連絡したり、機材を手配して、段取りをはかり、急いで現地に急行しては次の現場に移動するなど、非常に忙しい。リュパンはきっとほとんど一人で活動しているのだが、彼の作った組織が暗躍している。彼の組織はフランス中にはりめぐされていて、人員も多いようだ。きっと優秀なナンバー2が組織を切り盛りしていて、メンバーの不満や不安を解消し、リュパンの気まぐれなプロジェクトをこなそうと大忙しなのだろう。リュパンはカリスマで、すぐれた起業家であると思うが、組織のマネジメント能力はなさそうなので、こんな想像をしてみたくなる。絶対に前面にでてくることのないナンバー2の組織論、マネジメント論、部下掌握論など聞いてみたいなあ。これほど組織が隠れていてしかもパフォーマンスに優れている地下組織はきっと他になかったからねえ。