odd_hatchの読書ノート

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モーリス・ルブラン「棺桶島」(新潮文庫)

 昭和初期の雑誌「新青年」で当時の探偵小説作家に「あなたのもっとも好む探偵小説は?」というアンケートが行われた。当時のこととて、ヴァン・ダインとかポオとかルルーとかがあがるなか、小栗虫太郎は「三十棺桶島」を選択したのだった。ほかにひとり「813」を上げた人がいたが、小栗と「棺桶島」の組み合わせには驚いたなあ。(と書いた後に、創元推理文庫「日本探偵小説全集11」をみたらアンケートが載っていた。小栗が推薦した10作品のうちルブランは「813」「水晶の栓」だった。自分の記憶違いでした。恥をさらすのと、最後の妄想部分はアンケートの記憶とは関係なく展開できるようにおもうので、書き換えないことにする。)
 もはや内容をすっかり忘れているので、再読。

見知らぬ土地で少女時代のサインを見つけたベロニク。みちびかれるようにたどりついたサレク島には、死にわかれたはずの父と息子のフランソワが住んでいるという。なつかしいわが子との再会もつかのま、ベロニクに…。三十棺桶島と呼ばれるこの島に、昔からつたわるぶきみな予言。その予言が現実となって、おそろしい悲劇がくりひろげられる。
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 話の始まりを述べておかないといけない。「棺桶島」=サロック島は周囲に暗礁があり、漁船などを暗礁させる危険な海域だった。あまりに死者の多いものだから「棺桶島」の名前で恐れられていた。さらに、紀元前700年ころ(!)のケルト系の異教徒たちの聖地となっていて、巨大石を使った記念碑=ドルメンがいくつも作られていた。この異教徒はキリスト教の布教があったあとも、地下に潜伏しながらその教えと貴重な宝=「神の石」を守ってきたのだった。島の住民も表向きキリスト教徒であるものの、古い迷信を守り、異教の儀式をつかさどっていた。
 さて、1917年のある日、ベロニックはサレック島にやってくる。その間に、顔見知りの老人が右手を切断して死亡するわ、自分のイニシャルのサインを道のあちこちで見つけるわ、謎の宝の存在を示唆されるわ、古い下女を見つけて「棺桶島」の住民すべてが死亡するとお告げを受けるわと奇怪な出来事が会い続く。サロック島の住民は島を脱出しようとするが、脱出用の船は原因不明の沈没で全員死亡し、ベロニックは一人残される。途中、島の三狂女に出会い、修道院に身を隠そうとする。移動中に襲われ三狂女は矢で射殺され、十字架に架けられる。修道院に閉じこもるベロニックのところに、息子の愛犬「万事OK」がきて、その後を追うと岬にある妖精のドルメンに息子とその家庭教師が閉じ込められているのを発見する。息子は脱出の機会をうかがっているということなので、あわせて家庭教師を救おうと計画する。しかし、謎の敵は策略を凝らして、ベロニックたちの企図を挫折させた。ここまではベロニックの視点で描かれ、数日間の出来事が240ページにわたって描かれる。なるほどこれは冒険小説の衣を着たゴシックロマンスであるのか。奇城、異教徒の暗躍、暗号、秘密の宝、謎のお告げ、奇怪な死などその種の意匠が頻出するだけでなく、か弱い女性(とはいえ15歳の息子を持つ推定年齢33歳の女性)が理由なく襲われ、死の淵を覗き込むまでに追い込まれる。この女性と囚閉された子供へのいじめというのはまさに恐怖小説の世界。
 そして謎の首魁が登場する。そして複雑な家族関係も明らかになる。首魁ボルスキーは稀代の盗賊にして犯罪愛好家。今回のねらいはサロック島の秘密をあばくこと。さてこの男は好色であって二人の妻を持っていた。ひとりはベロニックで、二人の間には才気煥発で正義の心を持つ少年フランソワという息子がいる。もう一人はエルフルドという下品な女。ボルスキーとの間に、悪の心を持つ少年レーノルドという息子がいる。このような家族関係、そして正義と悪の対決というのもゴシックロマンスにはかかせない。猿轡をかまされ袋に閉じ込められたベロニックの前で、フランソワとレーノルドは生死をかけた戦いをするのだった。
 この後、謎のドルイド僧が登場し、ボルスキー一味を愚弄することからストーリーはトーンダウンする。すでにベロニックを助けるものが登場することが予告され、それがドン・ルイス・ペレンナ=アルセーヌ・ルパンであることが明らかになっているからだ。ボルスキーの冷酷非道さ(とりわけ第1部でいっさい姿を登場させないまま、ベロニックを追い詰めいじめるところ)が際立っていたのに、ルパン登場後はいきなり意気地をなくしてしまう。もったいない。もう一度二人の対決の山場をつくればよかったのに。妖精のドルメンか修道院が燃え盛る中、復讐の誓いを吠え立てながら地獄に落ちるくらいのシーンを彼に贈ればよいのになあ。
 あと謎の宝=「神の石」はラジウムであることがわかる。初出1919年なので、最新の科学知見。そうするとラジウム放射能が各種病気治療に役立つというメスメリズム的な意見(これは日本にも伝わっていて、いまでも「ラジウム温泉」、効能効果はこれこれという宣伝看板が残っている)と、キュリーなどが報告した身体障害や致死の事実が両論併記される。これもモダンホラー疑似科学的な説明につながる端緒なのだろう(元祖「フランケンシュタイン」のメスメリズム的説明が先行するのだが)。
 非常に好意的な見方をすれば、現在のモダンホラーの元祖といってよいストーリー。そこにゴシックロマンスの意匠がちりばめられている。そこらへんが「二十世紀鉄仮面」「潜航艇『鷹の城』」などを書き、新伝奇小説を標榜しているころの小栗虫太郎にあっていたのだろう、と妄想する。とはいえ、この冗長な文章と長い身のない会話を読むのはなかなか困難。「虎の牙」同様に読む前の期待と読後の落胆の差が激しい作品だった。