odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

フリーマン・クロフツ「ヴォスパー号の喪失」(ハヤカワポケットミステリ)

ロンドン・ブエノスアイレス間を就航する貨物船ジェイン・ヴォスパー号が、謎の爆発によって沈没した。海事裁判が開かれ、原因と責任の所在が追及されるが、真相は謎であった。積荷の保険会社は私立探偵サットンに依頼し、保険金詐欺の確証を得ようとするが、サットンは無惨にも殺害される。スコットランド・ヤードフレンチ警部は、積荷のからくりとサットン殺害の秘密を追う。
http://books.bitway.ne.jp/meng/cp.php?req=126_01_01&site=hi-ho&bid=B1120500569

 古本屋で見つけた昭和30年代の貸本屋の本。表紙はぼろぼろで、角は擦り切れ、紙は赤茶けている。いったい何人の人がこれを読んだのか。50年かけて数百人目か数千人目かの読者に自分がなることを思うと、すこし感慨深くなる。まあ、本好きの特質ということでお許しあれ。
 イギリス出帆アルゼンチン行きの貨物船が航行中、貨物の爆発と思われる事故で沈没する。不審と認めた海運保険会社は私立探偵に調査を依頼(保険金を払いたくないからね)。その途中、探偵は殺され、この殺人事件と貨物船不審沈没事件の解決にスコットランドヤードの刑事が立ち上がる。
 その後の成り行きは伏せることにして、まずは第1章の事故に遭遇した貨物船内の描写が秀逸。クロフツは博学だったようだが、その知識はこういう現実に即したものであったようだ。ヴァン・ダインのような博物学的な饒舌ではなく、地の文で貨物船の運航方法、船長の判断、船の構造、こういったことが十分に書き込まれている(正確かどうかは知らない)。しかしそのあとの追跡劇となると、退屈なものになってしまう。作家になる前が実務家だったクロフツらしいできごと。
 面白いと思ったのは、貨物船不審沈没事件の捜査にあたり、刑事は貨物会社やそこに運送を頼んだ商社、さらにその商社に搬送を依頼した製造会社を調べていき、そこでは発注伝票などの帳票を見ていくこと。そして帳票に記載された内容に虚偽があることを発見し、そこから解決の糸口を見出していく。こういういわば「棚卸」のような作業が事件の調査に現れるのは珍しい。通常のミステリーの捜査では主に人の目撃証言やふだん生活に対する証言を集めていくことにあるので、この対比は面白い。会社の仕事にたとえれば、後者の通常捜査は「営業」的なものであり、前者のクロフツの場合は「業務」的なものなのだ。この二つの仕事に必要な資質は別のものである。クロフツの作るミステリーが新しいのは、こういう「業務」的なミステリーがあることを提示したことにあるだろう。時刻表を見ながら、新しいルートを創造するというのはいかにも「業務」的であると思う。
 面白いのはここまでで、ミステリーとしてみると、ちょっと。
2004/11/05
 一時期ハヤカワ文庫に入っていたけど、今は品切れの様子。その代わりに電子書店パピレス他で購入可能。上記のURLでダウンロードできる。