odd_hatchの読書ノート

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コスモデミヤンスカヤ「ゾーヤとシューラ」(青木文庫)

 第2次世界大戦中。ナチスドイツに占領された村にソ連パルチザンが侵入する。馬小屋を放火しようとした少女が捕らえられ、拷問を受ける。彼女は屈することはなかった。3日後、彼女は村人の前で絞首刑になる。首に縄をかけられた少女は「祖国は解放が近い!」と演説をして、従容として死んでいった。この話は世界中に喧伝され、多くの映画、小説、詩が作られた。それから数年後、彼女の弟は戦車隊の中尉となって東ドイツ戦線に向かい、ナチス降服4日前に戦死する。

 この小説というかドキュメンタリーは、二人の英雄の母による記録。大半が子供たちの成長の記録。上記の英雄的な活動は序文と解説で触れられるだけ。大半は1930年代におけるソ連の都会インテリ家族の子育ての記録ということになる。この本は1950年代の出版なので、秘密警察は登場しないし、職場のつるしあげもないし、反革命思想の持ち主とされる人々の裁判記録もない。食料、消耗品などの不足が描かれるくらい。もちろんそれは意思によって克服できるのである。まあ、書かれなかったことに対するいちゃもんはよしておこう。
 ゾーヤという少女の忍耐や努力や向上心はとてつもなく強いもので、その意思には驚かされる。子供のときから弱い人虐げられた人に対する同情心が強く、戦争が始まってからは難民になった人々を慮ってつらい生活をモスクワで実践したのだった。そういう人物がどこかにいなかったかと思い返してみると、シモーヌ・ヴェイユが近い。この人も「忍従」をもって苦難の人生を送った人だった。しかしヴェイユ共産主義を嫌い、キリスト教徒でありながら神を信じようとしなかったが、ゾーヤはつよく共産主義とその国家を信じていた。
 シューラの成人までの経歴は、ソルジェニツィンと似ている。ほぼ同年齢で、たがいに戦車のりの士官になり、ドイツ戦線で戦っていた。シューラはあいにく戦死してしまったが、もしも生還していたら、ソルジェニツィンと同じく収容所群島をさまよったかもしれない。
 この姉と弟はチャイコフスキー交響曲第5番が好きだった。祖国解放の日にはフィナーレが高らかに鳴ると信じていた。モスクワ住民の彼らが聞いたのは、ニコライ・マルコかゴロヴァーノフ指揮だっただろう。

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 全然気付かなかったが、ショスタコーヴィチの「ゾーヤ」はこれを原作とするのだね。元は映画音楽。これをベースにした組曲版がある。聞いてみた。そつなくまとまっていると思うが、作曲者の名誉になる作品ではない。荘重なファンファーレ、劇的なもりあがり、悲壮な決意、そういったものが奏じられたあとに、「イワン・スサーニン」のファンファーレ。スターリン時代に第2の国歌として歌われたメロディがたからかに歌われる(「1812年」の改竄版と同じ)。それによって、この本に書かれた個人の心理の揺らめきが失われ、単なる神話の英雄賛歌になってしまった。(マキシム・ショスタコービッチの指揮したCDは大音量で爽快な演奏)

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