odd_hatchの読書ノート

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村松友視「力道山がいた」(朝日文庫) 日本のプロレスをゼロから作ったイノベーターの一代記。

 こういうのを読むとつくづくプロレスというのは記憶なのだなあ、と思う。1990年より前には日本のプロレス団体は多くて8つ、少ないときにはひとつという状態だった。そこでは試合の数が少なく、大試合となると数ヶ月に1回ということになる。で、見る側は試合が始まるまでのわくわくどきどきがあり、試合を見ながらのはらはらわくわくがあり、終わってからのけんけんがくがくがある。そうすることによって「試合」というイベントが見る側の体験になっていくのだ。しかも、映像の再生装置はなかったから、細部を思い出すとなると人によって事実と解釈が異なり、そのことだけでも長い議論になるものだった。
 この本は、そういう自分の記憶を大事にしているファンの立場で、高名なプロレスラーの生涯を書いたもの。力道山の現役時代はせいぜい8年に過ぎない(1954年から1963年)のに、とても濃密な時間をすごしてきたレスラーだった。あまり詳しくは知らない自分であっても、力道山の活躍のメルクマールになるものは多少は知っているくらいに。おおざっぱにいうと力道山のレスラー生活は4期に分けることができる。力士廃業からハワイ・アメリカの修行時代、日本プロレス立ち上げから他団体との対抗戦、日本のプロレスの独占、多事業経営と不意の死去という具合になる。この区分はたぶん作者の作った区分であるはずで、自分の発見ではない。そのいずれにおいても、彼の生き様というか活動がその時代の日本の状態にだぶるようだ。角界入りと廃業の顛末とか、街頭テレビとプロレスとか、「ガイジン」レスラーを倒す英雄とか、三菱電機などとのタイアップとか、ゴルフ場・プロレス専用会場・高級マンションなどの多角経営とか、闇ドルと沖縄遠征とか、オリンピックとスポーツ興行から、興業主と闇社会との関係とか。力道山を語るときにはどうしても社会状況との関係を述べざるを得ず、そこまで時代と密接になった、あるいは時代を翻弄したレスラーというのは考えられない。ルー・テーズがどれほど偉大であってもそれはアメリカのプロレス内の出来事であり、ジャイアント馬場アントニオ猪木タイガーマスクも時代を象徴するほどのところまでにはいっていない。とすると、社会現象としてのプロレスラーとして最も存在感のあるレスラーはこの人ということになる。うーん、こういう結論は書き出す前には持っていなかったのに。
 この人には出自にまつわるいろいろな話がある。たとえば死去の直前に、秘密裏に韓国に生き38度線で北に向かって雄たけびをあげたなんていうことは最近になってようやく普及してきたものだ。作者もそういっているのだが、自分もこのことは「レスラー」力道山を語るとき、あまり重要ではないように思う。
(これとか門茂男「力道山の真実」(角川文庫)とか、流 智美 /佐々木 徹 (編集)「写真集・門外不出! 力道山」を読んでいたので、ソン・へソン監督「力道山」に高評価を与えることができない。)

 

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