odd_hatchの読書ノート

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梅棹忠夫「知的生産の技術」(岩波新書)

 一気通貫
 文章を書くためには、本田勝一「日本語の作文技術」とロゲルギスト「理科系の作文技術」があればよい。考え方を鍛えるには別冊宝島「知的トレーニングの技術」があればよい。これらのルーツはこの梅棹の本といってよいだろう。
 とはいえ、僕はカードを採用することにはならないだろう。カードを「管理」することへの嫌悪感があるのだろう。
1985/10/20

2015/11/13 本多勝一「日本語の作文技術」(朝日新聞社)

 と書いてからものすごく長い時間がたった。なんて生意気な奴だったんだ(笑)。今ではカード型(に限らないけど)データベースソフトで、さまざまな業務管理の仕組みを作っているという不思議。
 別に表計算ソフトでもワープロでも似たようなことはできるのだが、たいてい1000件の処理を超えたところで一人の担当者はギブアップする。個人の記憶の限界がくることと、さまざまな集計・検索要求にこたえられなくなるから。カード型データベースの良いところは、
(1)さまざまなクロス検索機能、
(2)さまざまな要求にこたえる並べ替え機能、
(3)さまざまなグループを組み合わせた集計機能、
(3)スタンドアローンでも100万件を1ファイルに収めることのできる大容量、
(4)複数のファイルへのクロスリンク機能、あたりかな。
 ここらへんをうまく使えば、かつて紙で10人がかりで行ってきた仕事を一人でできるようになる。これを生産性のアップと見るか、失業者誕生の原因とみるか。ここは不問に付すとして。
 さて、業務用だけではなく、個人的な情報管理にも応用可能。実際、自分は約4000冊の本と感想の管理をカード型データベースソフト行っている。このときにも、検索とソート、リレーションなどを使いまくっている。
※昔話をすると、「知的生活の方法」に影響されて、ルーズリーフノートで本の購入と読了を記録してきた。10年後に2000冊を超えたくらいで管理しきれなくなった。でもその記録がデータベースソフト移管に役だった。
 本の感想がないな。1960年代に書かれたこの本は、カードによる知的生産技術の先駆であり古典。ただし、当時にはなかった機器がさまざまできた。また知的生産の方法もさまざま提案されている。であるので、最近の技術と方法は別に勉強するようにしよう。こういう技術は自分にうまくフィットするようにカスタマイズするのが必要なので、参考書を読んでいるだけでは不足。身銭を切って(重要!)実践し、失敗を繰り返し、改良と改善と加えていきましょう。あと上記のようにアイデアの結びつけ方、発想法、文章の構成の練り方、文章の書き方、見出しの付け方、レイアウトの仕方などアウトプットの方法と技術も勉強し鍛錬しましょう(なんというブーメラン、というか自爆装置)。あと「知的生産」物は論文に限らない。企画書、提案書、事業計画書、デザインモック、プログラムなども重要な知的生産物。それぞれ制作のノウハウは異なる。仕事に応じて、テクニックを入手してください。
 べつのところにも書いたが、無料のファイルストレージサービスを使うと、数台のPCでデータの共有ができる(インターネットに接続していることが前提)。だからかつてはUSBメモリーとかSDカードとかそういう記憶装置を持ち歩いていた(それ以前はアイデアメモをかばんに入れていた)が、今では不要になった。さらにスマートフォンのノート機能を使いこなせば、人ひとりの記憶をひとつのデータベースに収容できるのだよなあ。かつて人は住所録とフォトアルバムと日記を別々にもっていたのだが(1960-70年代の少女漫画には夢見る乙女が日誌を鍵のかかる箱にかくしているというのがあったなあ)、ひとつになって、複数のデバイスで共有され、どこでもみることができるようになったのだなあ。しみじみ。
 でも自分の希望は、自分がこの世を去るとき、自分に関する情報の一切を消し、自分がこの世界にいた記憶と痕跡をなくしたいということ。まあある派の禅僧はこういう生と死を目指して修行するらしいが、自分もそうありたいものだね。