odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

佐々木俊郎「恐怖城」(春陽文庫) 1920年代後半にかかれた労働者階級視点の探偵小説。後半の作ほど閉塞感や絶望の度合いが強くなる。

 日本探偵小説の最初期を作り、1933年(昭和8年)に32歳で没した作家。「新青年」にはあまり書かなかったし、戦後のアンソロジーに収録されることも少なかったので、知られざる作家だった。

恐怖城 ・・・ 北海道の開拓地で牧場を経営する富豪。その娘紀久子は敬二郎と婚約していたが、誤って親友蔦を射殺してしまう。その兄で牧場の下男、正勝は紀久子の関心を得て、かつ牧場の経営権を奪取しようともくろんだ。彼は蔦の死体を利用して富豪を刺殺し、それが紀久子の正当防衛であるようにみせかけた。その目論見は成功したが、敬二郎がだまっていなかった。順番を逆さに書き、視点を彼ら以外に与えると正統探偵小説になるところを、心理サスペンスにした。「カラマゾフの兄弟」風の設定なのだが、思考も心理もそこまでの深さはない。正勝はイアーゴやスメルジャコフになるには軟弱で軽率だし、敬二郎はオテロのような道化にすぎない。たぶん作者の主眼は、資本を持つものの身勝手さを告発し、開拓に参加したものの共同経営を提示したかったのかもしれない。開拓地で警察や国家権力の影響の少ないところで起きた事件なので、ふと「アブナー伯父」シリーズを思い出す。本邦作には民主主義のことはかかれていないが。

街頭の偽映鏡 ・・・ ある工場労働者、労働組合の組織化に失敗して神経を病んでしまう。そして彼の運動を裏切り、恋人を奪った男を殺すが、無罪になった。その裏には陰謀が隠されていた。

錯覚の拷問室 ・・・ 小学校の農業実習中、高等受け持ちの教師のガマグチがなくなった。その場にいたのは、一人の女生徒と受け持ちの女教師。女生徒に嫌疑がかけられ、女教師の家に下宿するが、自殺する。生徒の遺書から教師に嫌疑が向けられるが、彼女もまた自殺を遂げる。二人の教師には恋愛関係があったらしい。皮肉な結末。

猟奇の街 ・・・ ある子持ちに妻に工場から夫が怪我をしたと連絡がはいる。工場を訪ねると、夫は退社したという。別の工場労働者は夫が死んだという。工場主は彼女に乳母の仕事をたのみ、縁談を持ちかける。しかし妻は夫の行方を知りたい。次第に錯乱していく妻。いったい夫は死んだのか、それとも失踪したのか。奇妙な味を残す秀作。「カリガリ博士」を思い出した。

或る嬰児殺しの動機 ・・・ その日暮らしの老人と、奉公にでたものの妊娠して帰宅した娘。老人の死と同時に出産。火葬の後からは嬰児の死体。それを担当した若い検察官は驚愕する。娘は彼が手篭めにした下女だった。

仮装観桜会 ・・・ 経営のうまくいかない鉄工場で、社長は職工を集めた花見を企画する。奇妙なのは、同じ衣装に仮面をつけさせることだった。花見をはじめる挨拶の途中、仮面を付けた男たちが社長の首を絞め、殺してしまう。同じ顔ばかりで誰が犯人かわからない。


 1920年代後半にかかれたものなので、不況で生活苦になった弱者が登場する。作者の視点はおおむね彼らの元にあり、なんとかして彼らの貧困からの解放を願うが作中でもどうにもならない。収録順と発表順が一致しているかは不明だが、後半になるにつれて閉塞感や絶望の度合いが強くなる。ときには、テロリズムを論じ、場合によっては許されると発言させたりする(「仮装観桜会」)。ここからロープシン「蒼ざめた馬」までの距離は近いが、作者はとどまる。これを弱さと見るか、あるいは労働運動のユートピアを書いたプロレタリア文学者よりも現実的とみるか、判断は迷う。
 作者20代の作品なので、主人公はたいてい同世代で、「大人」は醜悪にされるか、カリカチュアになるか、類型になるか。いずれにしろ、1980年代以降のこの国の「新本格派」の視点や設定に似ているなあ。

 春陽文庫AMAZONにもでていない。でも青空文庫で主要作品を読める。
作家別作品リスト:佐左木 俊郎