odd_hatchの読書ノート

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小酒井不木「恋愛曲線」(ちくま文庫) 私小説全盛時に、読者の予想を裏切り、一気に奈落に突き落とすトリッキーな小説を書いて絶賛された。

 この人の小説を読むのは、別冊幻影城の特集(高校生)と創元推理文庫の日本探偵小説集第1巻(20代)に続いて、3回目。代表作の「恋愛曲線」は何度読んだことか。
 ぼくがはじめてよんだ「小酒井不木」。

 この作者は、日本の探偵小説、ミステリーの最初期の代表的な作家。今回、彼のプロフィールを読んで驚いたのは、あまりに忙しすぎてなくなったのが39歳であったこと。それも1929年という時代であったこと。作家であった時代はたかだか4年半に過ぎなかったにもかかわらず、短編を中心に数巻に及ぶ小説を、本業である医師でありながら書いたこともまたとんでもないこと。この時代ワープロなんかなかったからね。
 解説によると、モーリス・ルヴェルの「夜鳥」に強い印象と影響を受けたとのこと。そのとおり、この人の特色は、本格探偵小説よりも、江戸川乱歩のいう「奇妙な味」をかもす短い小説のほうが面白い。多くの場合、当時の新しい職業である医師や弁護士などが登場し、かれらのような高等教育を受けたエリートが心理の奥底に隠したものがあって、それがあらわになる瞬間に恐ろしさとカタルシスを得るというものになる。たしかに、それまでの日本の小説には、物語の最後になって、読者の予想を裏切り、一気に奈落に突き落とすというものはなかった。このような小説が、志賀直哉や葛西善三あたりの私小説全盛時にあったというのは興味深いことだ。そういう対比があったからこそ、探偵小説は文学か非文学かという論争がうまれたのだろうなあ。
 横溝正史なんかもデビュー直後のこのころには、ルヴェルに影響を受けたと思しき、オチのある都会小説(といいながらも後の方向を思わせる田舎を舞台にしたものもある)を書いていたのだった。こういう最後のオチに命をかけた小説というのは、非常に印象が深いものだが、すぐさま再読するというわけにはいかない。ま、これくらいの時期を置いて読み直すと、前回読んだときのことはすっかり忘れていて、まったくはじめて読んだような面白さを感じたものでした。
第一部
「恋愛曲線」(1926)/「人工心臓」(1926)/「按摩」(1925)/「犬神」(1925)/「遺伝」(1925)/「手術」(1925)/「肉腫」(1926)/「安死術 」(1926)/「秘密の相似」(1926)/「印象」(1926)/「初往診」/「血友病」(1927)/「死の接吻」(1926)/「痴人の復讐 」(1925)/「血の盃」(1926)/「猫と村正」(1926)/「狂女と犬」(1926)/「鼻に基づく殺人」(1929)/「卑怯な毒殺」(1927)/「死体蝋燭」(1927)/「ある自殺者の手記」(1927)/「暴風雨の夜」(1926)
第二部
「呪われの家」(1925)/「謎の咬傷」(1925)/「新案探偵法」(1926)/「愚人の毒」(1926)/「メヂューサの首」(1926)/「三つの痣」(1926)/「好色破邪顕正」(1928)/「闘争」(1929)
 読んでから時間がたっているので、あまり自信を持っていないけど、他の人の評も参考にすると、「恋愛曲線」(1926)/「人工心臓」(1926)/「闘争」(1929)あたりがよかった。
 青空文庫で主要作品を読める。
作家別作品リスト:小酒井 不木

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 さらに再読した感想
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