odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

久生十蘭「ジゴマ」(中公文庫)

パリ市中を震撼させたペルチエ街の惨劇。銀行家モントレイユが胸を抉られ瀕死の重傷を…。ゲエリニエール伯を告発するが対質したとたん供述を翻し、事切れた。悲嘆にくれる兄弟は父の変説の謎を追う。名探偵ポーランは血で記されたZの文字を発見、神出鬼没の怪盗との智の対決が―。狡智なトリックを駆使した長篇探偵小説。
中央公論新社

 レオン・サジイが1908年に出版した怪盗小説シリーズ。上記は発端。モントレイユは重傷を負ったのちにゲエリニエール伯を告発するものの、使用人のささやきでそれを撤回する。モントレイユとゲエリニエール伯は何かの因縁があるらしい。モントレイユの葬儀には誰も参列しないという異常事態(それまで彼の家で月一回行う舞踏会は大盛況だったのに)。モントレイユの息子はゲエリニエール伯の調査に乗り出す。パリ警察のポーラン探偵は彼らに賛同し、捜査に協力する。奇妙な事件が頻発(なにものかの陰謀で全財産をだまし取られた貴族がいたとか、その娘が絶世の美女で貧民街にいてゲエリニエール伯とモントレイユの息子が互いに恋慕するとか、ゲエリニエール伯とモントレイユの息子が決闘するとか、ゲエリニエール伯の謎を知る男が獄中で謎の縊死を遂げるとか、いろいろ)。なかなか筋を追うのが難しい。なにしろ新聞に連載されていたから、伏線を張っても回収しないとか、その時々に応じた設定を作るとか、そんなご都合主義やいいかげんさがあった。獄中の謎の縊死だって、そう簡単に警察署には侵入できないのだから、のちの作家なら「密室殺人!」と仰々しくさわぎたてるところを一行でスルーしてしまう。もったいない。いいんです、新聞小説で、楽しいことが重要なのだから。
 これを久生十蘭は「新青年」の別冊付録として1937年に発表した。このとき文体の工夫をしていて、会話は現代文で地は古い漢文調。この狙いは以下であると自分は考えた。元は1908年。これをそのまま翻訳しては、現代の社会に合わない。そこでこの小説は昔のものであることが分かるようにした。それは1908年当時の日本の新聞の文体を使おう、会話は新しめにしておかないと読み難い。そんな魂胆を感じた。宮武外骨の復刻ものをみると、当時の新聞の文は「ジゴマ」の地の文によく似ているのだ。このころすでに漱石や鴎外が小説を発表していたから、今でも通用するような文体はあったのだが、その一方ではこういう漢字を多く使い、漢文調でかつ草紙風の文体も残っていたのだった。そういう状況がわかるのがおもしろかった。
 もともとは1908年。当時にはモーリス・ルブランのルパンもの、ガストン・ルルーのルールタビーユものなんかが最新刊としてあった。その中では映画化が最も早い。上記の二人と比べると、主人公の探偵ないし怪盗の個性はほとんどないのだが、代わりにテンポのよさとセンセーショナルな状況がある。なにしろ、死体の首が切られるわ、刺殺死体の顔を焼くわ、アル中が悲惨な姿をさらすわ、貧民の困窮生活が描かれるわ、踊り子が隠微な姿で迫るわ、決闘で死にしかけるわ、探偵は犯罪の証拠を得るためにペストを媒介する蚊に進んで刺されるわ(ペストは蚊では移りませんので念のため)と、ハードボイルドでワイルドな連中が動き回る。ここら辺に当時の読者や観客は喝采を送ったのだった。のちのハードボイルドや犯罪小説とそん色ないくらいの描写がここには頻出する。
 当時のパリでは、コルトー、ティボーあたりが新進気鋭の演奏家で、サティやドビュッシー、分野は異なるがヴァレリーロマン・ロラン、フランスあたりが大家だった。彼らがジゴマものを読んだり見たりしたかと思うと楽しい。「クライスラー君、君は今度のジゴマを見たかね」「やあカザルス君。ウン、しかし小生はルパンを好むね」「そうかい、なにしろジゴマには顔がないからなあ」こんな会話をしたかしら。

 青空文庫でいくつか作品を読める。顎十郎捕物帳がお勧め。
作家別作品リスト:久生 十蘭