odd_hatchの読書ノート

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シモーヌ・ヴェイユ「工場日記」(講談社文庫)

人間疎外が深刻化した1934年のフランス。ヴェイユは工場にはいった―冷酷な必然の定めに服し。抑圧と隷属の世界、悲惨な労働者の側に身を置き、屈辱に耐えつつ激しい宿痾の頭痛と限りない疲労の中で克明に綴られた日記は、底辺からの叫びであり魂の呻きに似た苦痛と怒りの証言である。絶対の愛に憑かれたヴェイユが、工場生活での体験を普遍的な人間本来の生存の条件の考察にまで高めんとした真摯なヒューマンドキュメント。

 自分の持っているのは講談社文庫版で長いこと絶版だったが、学術文庫で再刊されたらしい。とはいえそれも10年前の話でこちらもいまは絶版。

 ヴェイユのことは自分には手におえない。いくつか読んでいても、この人は自分のいるところからは非常に離れていて、敬意を払いつつもそこまではいけないという絶望というか無力感というか自己嫌悪というかそういう感情が表れてしまう。このドキュメントにも、皮相なところだけ反応することにし、彼女の感じた「奴隷」「隷従」その他の事には触れられない。
 時は1934年。高等師範学校に入学し、教員資格を取り、中学校に赴任していた(そのときに中学生のために「哲学概観」を書いている)。1年間の休暇をとって、工場の女工になる。もともと体が弱く、頭痛に悩まされていた上に、過酷な労働を強いられて考えることを放棄するような生活を送る。
 1934年は世界不況が長期化の様相を呈していたころで、多くの国は軍事産業を強化すること・植民地獲得戦争を行うことで、需要を拡大しようとしていた。成功例はナチス・ドイツ。アメリカがそれについでいるくらい。なにしろ不況があり、一方軍事の需要があるものだから、当時の労働環境はめちゃくちゃだった。長時間労働出来高払い制(不良品を作成したら給与は削減され、ノルマの製品を作れなければ解雇)、工場内は不潔で病院や休養施設、医療施設はない、保険その他のセイフティネットは存在しない。そのような状況。時の内閣は保守政党であったために、これらに改善の政策はなかった。これだけでまず意気疎漏するというものだ。
 労働者を苦しめていたのは、スピードと命令。分業制、ベルトコンベアの流れ作業というのはこの時期にはスタンダードになっている。経営者が生産性をあげるには、ベルトコンベアのスピードを上げればよい。人間がペースを作るのではなく、機械ないし命令者によって作られるペース。他の事を考えさせない仕組み、しかも単純で長時間のたち仕事による肉体の疲労。これが内面を腐食していくことになる。命令は上司、工場長その他多くの正社員からのもの。ヴェイユ女工は命令に対して反論の機会を持たず、常に従わなければならない。これをヴェイユは「奴隷」と呼ぶ。
 たぶん1950年以降、この状態は改善してきたはずと思いたい。にもかかわらず工場労働者の疲労や隷従の関係や環境は依然として残っている。労働における人間の「機械化」(考えなくなること、内面を失うこと、命令に服従すること)は重要なのだ。(念のためにいっておくと身体の機械化とは別の問題)。
 あとこの工場日記の書かれた時代はガスカール「街の草」とほぼ重なる。サルトルの初期短編と合わせて、1930年代のフランス社会をみることができるだろう。あるいは小林多喜二蟹工船」、徳川直「太陽のない街」スタインベック怒りの葡萄」、たぶんオーウェルの評論などがほぼ同時代。日米英仏の不況状況の類似と差異を確認しておきたい。

  
徳永直「太陽のない街」(新潮文庫) 追記2011/7/1 - odd_hatchの読書ノート