odd_hatchの読書ノート

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笠井潔「バイバイエンジェル」(角川文庫)

パルトマンの一室で、外出用の服を身に着け、血の池の中央にうつぶせに横たわっていた女の死体には、あるべき場所に首がなかった! ラルース家を巡り連続して起こる殺人事件。警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人矢吹駆とともに事件の謎を追う。日本の推理文壇に新しい一頁を書き加えた笠井潔のデビュー長編
バイバイ、エンジェル - 笠井潔|東京創元社


 通常、探偵小説は複数の登場人物の行動と会話によって、いくつかの謎を解いていく。そこには、世界の破滅を予感させるような大状況はたいていないし、不変の観念がぶつかりあうようなこともないし、また主人公の私的な思弁や経験が語られることがない。まあ、そのぶん深読みする可能性が残されていて、たとえばホームズについては作品に断片的に語られる彼の半生や性癖からバイオグラフィーや評伝をつくるという娯楽を得ることができる。ところが、この作品では、ラルース家の連続殺人事件(および資産の盗難事件)の謎解きに加えて、生物的な殺人と観念的な殺人をめぐる考察が大状況にある。まあ、人がとらわれた観念に基づいて、通常禁忌とされる殺人を確信的に実行することに対する批判だ。この作品では共産主義思想という観念に基づいた殺人が記載される。1917年のロシア革命に始まって、各国の共産党および新左翼と呼ばれるセクト集団がこの種の事件を実際に起こしてきた。本書が描かれた1970年代後半には、日本、イタリア、ドイツでその種の活動が盛んだった。2010年から振り返るとこの「革命」に殉ずる人たちは奇妙に思えるかもしれないが、観念にあたる部分に「共産主義思想」ではなく、「宗教」「教祖」「芸術」「民族」「代替医療」などを差し込んでみるとよい。そうすると観念的な殺人はまだアクチュアリティをもっている。そして観念に殉じる人々の思考方法や感情の持ち方というのは共通性があるだろう。背景となる社会状況は変化しているが、観念的な殺人を行う人はさまざまな回路を通じて再生産されているのであるから、この事態に対する批判は有効で、継続的に行われないといけないだろう。と、すこし興奮してしまった。
 通常のミステリが記述する中状況は、フランスの資産家族「ラルース家」をめぐって起こる。この家の父と母はスペイン市民戦争に参加する一方、親子や兄弟姉妹を巻き込んだいじめ・いやがらせ・育児ネグレクトなどを起こしている。現在(1975年当時)では、その娘息子たちが愛憎をぐちゃぐちゃにかかえて、しかし一軒家の中で角付き合わせている。事件は冬の朝、派手だったオデットの首なし死体が見つかるところから始まる。同居している妹ジュゼットが失踪。甥のアンドレがホテルで爆死。富裕であるはずのオデットの資産は誤った投資のために破産寸前であり、資産は現金化され紛失していた。さらに周辺の人物たちはこの俗物一家に辟易としており、なんらかの不快・軽蔑などを隠そうとしていない。まあこんな具合に定石通りのミステリが進行する。
 なお、このミステリのキーワードは「赤」であって、ホーソン「緋文字」・ポオ「赤き死の仮面」・ランボー「地獄の季節」などが引用されるし、死体現場の紅棒、重要容疑者の赤毛などが点描され、「赤い死」という秘密結社が登場し、なにより共産主義者への罵倒語「アカ」。この「赤」の多義性にも注目しておこう。
 名探偵初登場ということで、名探偵独自の推理方法が披露されるのだが、ここでは「現象学」とその重要な概念である「本質直感」がもちだされる。デュパンやホームズの昔から、常識的な思考や組織的な捜査に対して卓越した理性と知性を優位にしてきたのだったが、ここまでがちがちの哲学用語が正しく解説されている例はないだろう。そういうわけで、本書では、ミステリの謎とともに、観念的な殺人に関する思考、そして現象学の講義をあわせて楽しむということになる。
 あわせて、矢吹駆という奇妙な東洋人とナディアというパリ娘の交遊が描かれる。ナディアはパリ大学で哲学を学ぶ秀才であると同時に、20歳になったばかりのコケティッシュさと合わせて知的背伸びを楽しむ社会経験の少ない女性だ。他にも同様の若い女性が記録者であるというミステリはあるのだが、ここでは抜群の文章のうまさ、観察の的確さ、構成力の強さをもっている。それでも彼女の眼で事件をみているために、彼女の思い込みが真犯人を隠している、のだった。例によって一人称の文章はそれ自身が犯人隠しのレッドへリングになっているわけ。脱線したけれど、事件の推移とあわせてボーイ・ミーツ・ガール(ただしこのボーイは相当に変人で、人間嫌いで、通常の恋愛のような展開はない。シリーズの他作でもこの物語は迂回とはぐらかしを続けることになる)の物語を読むことになる。また駆の「中央委員会」への憎悪、ニコライという奇怪な首魁との闘争という物語もあって、このシリーズへの興味をかきたてる。
 という具合に、3つの絡み合った物語を一冊で堪能できるわけで、それだけでも本書の豊饒さは卓越している。まあ小さい瑕疵をあげれば、真犯人の意思や経歴が点描的にわずかにしか書かれないなので、初読のときには確実に見過ごすことになるだろうということ。