odd_hatchの読書ノート

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コンラート・ローレンツ「攻撃」(みすず書房)

 なんとまあ、購入してから読了するまでに20年かかるということになってしまった。もともとみすず書房は上下2巻で出版していた。1985年に一冊にまとめた改訂版がでて、それを自分は購入したのだった。今はなき神田駅前の書店で仕事の移動中だったか、帰宅途中で寄ったかで購入した。
 こんなに時間がかかったのは、1章から8章まで紹介されるいろいろな動物たちの「攻撃」行動の実例を読み進むのがつらかったため。この部分をとても面白いと感じる人もいるわけで、この違いは「動物」とのコミュニケートを楽しめるかどうかにかかっているはず。自分は「生物学」を学んだにもかかわらず、この部分はダメで、つまりはコトバにかかれたことを読み取ることに興味を持っているからということになるわけだ。この前に「ソロモンの指輪」(早川書房)を読んでいるが、事情は同じだった。どうも動物行動学とは縁がないということだ。
 原著は1963年刊行。すなわちキューバ危機の翌年。ローレンツ60歳ころの著作ということになり、ラスト2章で語られるヒトの攻撃性については、悲観的な雰囲気が漂っている。彼は1903年のドイツ生まれだから、第1次大戦を10代に、ナチス勃興と第2次大戦を30-40代に体験してきていて、ヒトの「攻撃」性の残虐さをいやというほどみてきたのだ。キューバ危機とその後ろにある社会体制間の憎悪を解消する方法として、著者は理性の発動と熱狂の否定を提案する。このあたりの指摘は、ナチスを含意していると同時に、当時の米ソ間の対立も見据えている。しかも、熱狂のもっとも手ごわいものとして宗教的熱狂をあげているのだから、2000年以降のイスラム過激派にも通じるような指摘といわざるを得ない。
 あいにく、というか当然というか、著者は具体的な解決策を提示することはできない。せいぜい、民族や国家を異にする人々とできるだけ多く交際・交遊することを奨励する。熱狂によって国民とか民族をまとめる社会を構想し、多くの人に不寛容であろうとする人は、「敵」を作り、内部の人を敵と目される人と接触することを拒むからだ。われわれはいかに憎悪していても、目前にいる人にいきなり攻撃的であることはありえない(と思う。最近の事件ではその確信も揺らがざるを得ない)。
ただ、彼は科学と芸術が非政治的な人間の活動であり、この方面がさらに行われることを期待している。作中にはカントの道徳律に関する記述もある。その点ではローレンツニーチェあたりからのロマン主義者、現実の問題を解決・克服する手段として芸術を称揚するという世界観の持ち主であるということになる。科学も芸術も「非政治的」であるという意匠を持って喧伝され、じつのところとても政治的に使われてきた、ということは明らかになっている。ローレンツの主張は、自分の経験に即したところでは説得力があっても、さらに展開したところではそうではなくなってきたということになるのか。まあ、50年前に書かれた本であるから仕方がない、かな。

カール・ポパー「果てしなき探求 上」(岩波同時代ライブラリー) - odd_hatchの読書ノート