odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

中谷宇吉郎「雪」(岩波文庫)

 高校1年に入学したてのとき、学校図書館に通って昼食時に読む本を借りていた。ひとつは谷崎精二訳の「ポー小説全集」(たしか6巻。全巻制覇)。もうひとつが中谷宇吉郎の随筆集。後者はたしか3巻だったが、途中で挫折したと思う。それにしてもなぜこの随筆集を読むことにしたのか、理由は覚えていない。まだ物理も化学も地学も勉強していなかったので、昭和10−30年ころの科学の話であっても、高校生には難しかった。「雪」の元は岩波新書で、たいていの本屋においてあったが、読まずにいた。古本屋で岩波文庫版を見つけたので購入。
 おもしろかった。
 札幌に転勤になったのを理由に(北海道大学理学部教授になったためと思う)、雪の結晶の研究を開始する。最初はきわめて簡単なことで、厳冬の降雪時に野外に出て、雪の結晶を採集し顕微鏡写真を取ること。3000枚を集めて、分類を開始。と同時に結晶パターンごとの落下速度を測定。結晶の出現パターンと気象状況の関係を調べて、結晶のできる条件を予測。低音実験室にこもって、自作の実験設備で人工的に雪の結晶を作ることに成功する。
 科学研究をどのように進めるかがきわめてはっきりとわかる話になっている。なるほど人間の好奇心はこのように発展するものであり、知識が豊富になるにつれ、ますます未知の事柄が増えていくのだ。研究というのは結果の面白さではなく、過程の面白さであり、未知なるものがつぎつぎと現れてくることに驚く楽しさなのだな。
 もうひとつ注目したのは著者が見る人であること。見ることに快楽を覚える人であること。まず雪の研究に取り組む契機がベントレーなる写真家の雪の結晶写真集であったとしても、そこから降雪中に観察に取り組むことまで行う人はそうそうはいない。当時の北海道では、降雪中の気温は零下5度から15度くらい。貧弱な防寒具で外に出るというのだから。結晶もわれわれの凡庸な目には差異が見えてこない(関東あたりになると、気温が高くて結晶が固まって美しいものはほとんど現れない)のに、彼はしっかりとした分類ができる。果てには、結晶パターンの違いによって雪の降下速度が違うのが観察できるでしょう、とまでいうのだから。このような見事な目を持つ人はそうはいない。著者の師である寺田寅彦同様、優れた目の持ち主だった。
 さらには、科学者としての想像力が加わる。実験によって結晶パターンごとに生成条件が異なること(気温と湿度、さらには落下中の温度の変化など)がわかる。そうすると降雪中の結晶パターンの出現頻度をみることによって、大気の状況を推測することが可能になってくる。このような想像力も持っていると、降雪はたんに詩的な美しさだけではなく、物理化学の微小な物質の運動変化を見ることであり、地球規模の気候、大気の状況を推測することになる。著者はさらに雪害対策や農林業にまで思いを馳せていて、その想像力の広がりはとても広い。ここまでのことを書ける科学者というのは、うーん、思いつくのが難しい。
 戦前の北海道の民俗がかかれていることも貴重。

 「水からの伝言」など一連のヨタ話を読んだり聞いたりするより、こちらを読もう。そうすると「水の結晶」などとのたまうものが雪の結晶と同じように作られ、生成条件を変えることによりさまざまな種類になることが理解できる。