odd_hatchの読書ノート

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M.ミッチェル ワールドロップ「複雑系」(新潮文庫)

 1985年に「VHSコミュニケーション」という深夜番組があった。最初の放送が、浅田彰がプロデュースした「ビデオ進化論」。その第1部が、アートとサイエンスの中間領域に関する話題だった。そこで初めて、「セルオートマトン」「ライフゲーム」「メンガースポンジ」「フラクタル」「カオス」などの最新研究を知った。それから四半世紀たって驚いたのは、これらの研究がそっくりそのままこの「複雑系」に書かれていたこと。セルオートマトンを動かすと、4つの動き方がある。すぐに死に絶えるもの・安定構造の繰り返しになるもの・カオスになるもの、もうひとつが局所的な生成消滅があって、それが周辺に波及していき、新たな生成消滅を開始するもの。これを図式的にまとめると、最初の2つは線形的なもの(未来が初期条件によって決定され、予想可能なもの)、3番目はカオス。4番目がここでいう複雑系。初期条件ののちの挙動が不確定で、どうやら中にある要素(ここでは「エージェント」と呼んでいる。これはいくつかの規則に従って動き、かつ学習能力を備えている(if-thenの形式で記述可能で、これをどんどん作成していく)もの)が自己組織化をしていって、組織や集団や協調運動を行っていく。おもしろいのは、このような「複雑系」で形式化できる運動が、進化・気象・層転移・経済・人工知能などこれまで関連のなかった領域で共通して観察できた。そこで、「複雑系(complexity)」という研究が開始される。キーワードは「進化」と「自己組織化」、そして「カオスの縁」。変化を生みだすことと安定化を図ることがどうして両立したのか、そのようなアンビヴァレンツな状況はカオスと安定の間にある狭い領域(縁)で起きるのだ(生物の誕生が界面領域で起きたのと同じ)ということ。
 研究の中心になったのが、「サンタ・フェ研究所」。
 この本の主題は、さまざまな研究が「複雑系」にまとめられていく過程を描くことにある。のだが、同時にこの研究所を開設するまでが、行動力のある「エージェント」によって自己組織化する「複雑系」の運動そのものであることにも思い至る。少数の研究者が思いあふれて、数名の共感する同士に声をかけ、それが次の反響を生み、研究会を組織し、そこに人が集まり議論が始まって、熱意あふれるものは企業や政府からの補助金を獲得し、修道院を格安で借り受けて研究所にし、そこでは数カ月間の共同研究があり、そこで出版された論文集が新たな論争を生み・・・。こんな具合。日本で「学際」を掛け声に、領域の異なる研究者を同じ建物に収容した大学があったなあ(笑)。組織や規則よりも、運用するエージェントの個性のほうが重要ということ(?、ん、これは「複雑系」の話と矛盾していないか)。さらに脱線すると、この国ではこういう自律的(自己組織的)な研究機関は生まれなかった(杉田玄白「蘭学事始」参照のこと。戦中の理化学研究所がそうだ、という議論もあるだろうが、当時の国内の大学との相対的な評価であって、サンタフェ研究所までではなかった(理化学研究所のことは広重徹「科学の社会史」に詳しい)。
2013/01/31 廣重徹「科学の社会史 上」(岩波現代文庫)
2013/01/30 廣重徹「科学の社会史 下」(岩波現代文庫)
 もう一つは、「複雑系」の研究が理論先行性であったこと。理論というかアイデアが先にあって、そこからシミュレーションや観察が発生していった。科学革命にはよくある事態であるが、分子生物学が生まれた時の後はないと思っていた。こういう事態に遭遇できるというのは科学者にとっては幸運なこと。さらには、「複雑系」の研究が、用語の定義を行うものであったこと。「適応」「進化」などの言葉は広く使われているが、その概念の範囲は千差万別。論者によって意味するところが異なっていた(「進化」が何を意味するかは、科学者と創造論者では異なる)。それを数学やコンピュータ科学などの言葉で定義しようとしている。その結果、概念の使い勝手がよくなって、意味の取違い・議論の対象の明確化などができる。もちろん定義は完成していない。それでも、哲学用語が科学のような厳密な概念になることはコミュニケーションに有効だ。
 あとは「複雑系」が広義のホーリズムであるが、ケストナーニューエイジの連中がもっていた神秘主義と無縁であることに注意する必要がある。

以下の説明がわかりやすい。

5. かも ひろやす ? January 2, 2009 @22:06:04
言い替えれば、「複雑系」は、規模が小さいときには現れないが規模がある臨界を超えると現れる現象の総称です。分類基準であって説明原理ではないんですよね。だから、「複雑系で説明できます」っていうのは、そもそも話が違います。

www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp