odd_hatchの読書ノート

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フランク・エドワーズ「世にも不思議な物語」(角川文庫)

 1970年代のユリ・ゲラーと映画「エクソシスト」に代表される一連のオカルト・ブームに合わせて角川文庫が大量に「超自然の謎」シリーズを出版した。1978年の「スター・ウォーズ」上映で一気にブームが去り、その後再販されていない(一部は別の文庫で再刊されている)。古書価はそれなりの値段がついているようだが、古本屋で100円程度の値段がついていれば購入している。もう10冊くらいたまったかな(後日、まとめて処分した)。
 AMZON、楽天ともに在庫なし。出品もなし。

 この手の超常現象ものではコリン・ウィルソンが大部の本を何冊も書いていて(「オカルト」「世界不思議百科」など)、これらも楽しんで読んだものだ。彼には、世界の不思議な現象にどうにかして合理的な解釈を与えようとしている。19世紀半ばのもっとも有名な船員消失事件である「マリー・セレスト号事件」にももっともらしい解決を披露していて、彼の探偵振りと意欲が非常にほほえましい。(あとで「トンデモ超常現象99の真相」やwikiを読んだら、コナン・ドイルらが煽情的な小説を書いて人口に膾炙したとのこと。すなわち奇怪な現象とされる「船内には食べかけの朝食がまだ暖かいまま残っており、ほんの一瞬前まで全員が何事もなく乗船していたようであった」「救命ボートがすべてそのまま残っていた」などは創作された話だそうだ)
 ぱらぱらとページを繰っているだけではあるが、この著者にはそれほどの意思はなくて、事例の紹介にとどまっている。このような不思議な出来事のコレクターはいるもので、インターネット時代以前の超常現象ものには各地の新聞記事が事例の存在を証拠立てるものとして使われている。たいては1940年以前の新聞で、場合によっては19世紀の新聞記事を使う。
 ただ、すれた読み手としては実在の町の名を持ち出し、実在(らしい)の人物の名前をだして(小説ほど洗練された名前ではない)、不思議な話を聞かされたとしても、恐怖や畏怖を感じることはない。しかも文章はとりとめがなく、あいまいな書き方をしていて、結論をぼかす。とりわけの悪文はロベール・シャルー「アンデスの謎」(角川文庫)で、段落ごとに、一文ごとに何をいっているのか理解できないというしろもの。支離滅裂というのはこういうものかと最初は怒り、こんな本の翻訳をした訳者に憐憫を感じ、ついには読了をあきらめた。たった30ページで読まない決定をした本も珍しい。プロの恐怖小説家の作品のほうが、もっと衝撃的で恐ろしい話を書く。そこには当然のように「これはフィクションです」と書かれているのだが。
 つまるところ、オカルトあるいは超常現象を紹介する書き手には、出来事以外のメッセージがないのだ。彼らは真面目に宇宙人や霊魂、その他の不思議を信じてはいて、それを信じない人を啓蒙しようとしているが、彼らの書き物から、それを受け入れた際の倫理、体制改善・変革をきちんと聞いたためしがない。どのような社会になるのがいいのか、どのような倫理をもつべきなのかが明示されたことはない。それらは存在するかもしれないが、われわれ人間の生き方、行き方になんらの提言をもたらさないのであれば、それは不在と同じこと。あろうがあるまいが、人の生活になんらの影響を及ぼさないのであれば、無用である。そのあたりの感覚は、ごく普通の人が持っているものだから、スピリチュアルな運動はマイナーになる(のだと期待する)。
 あと問題は、彼らの持ち出す情報が不正確であったり、のちの検証で否定された情報を繰り返し発信すること。そういう行為が彼らの信用を失わせることになる。
 真実を語っているのだという代わりに、開き直って、彼らは閑な時間を楽しく使うための読み物を提供していると言えばいいのに。