odd_hatchの読書ノート

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ジェオルジェ・バタイユ「エ_ロ_ス_の_涙」 人生最大のトラウマになった「呪われた書物」。

【注意】 以下はX指定。おぞましいもの、グロテスクなものについて書いている。耐性のないものは読んではならない。


 高校入学直後、教室の隣にあった図書室に入る。タイトルに惹かれてこの本(ハードカバーのほう)を手にする。ほお、高尚なものばかりだが、古今の西洋裸体画が載っている。本文は何を言っているのかわからない。しばらくページをめくる。次第に時代が現代に近づいていく。
 最後になって表れるのが、20世紀初頭に撮影された中国の処_刑写真。たしか反政府運動で捉えられた青年。全裸で杭に縛られ、麻薬を飲まされ、朦朧とした表情。彼は、古い処 刑法である凌_遅_刑を行われているのだ。四肢の末端から順番に切断、それが死ぬまで続く。次の写真では、かれの大胸筋が切り取られ、肋骨が見えている。次の写真は、彼の表情をアップで撮ったもの。苦痛と恍惚が同時に表れていて、見る者の視線を放しがたい瞬間になっている。
 その時はすぐさま本を閉じて元に戻した。吐き気をもったような気がするし、精神のどこかを強烈にぶんなぐられたショックで自分のまわりの<世界>がひどく変わってしまった。まるで自分と世界のつながりがなくなったかのように。それからしばらく図書室に近寄らなかったと思う。
 それを30年後になって、文庫で再見することになるとは。この年だから、多少のグロテスク画像に対する免疫はできていてネットでその種の画像や映像を平然と見られるようにまですれてしまった。しかし、この写真だけは心底「おぞましい」。その威力を解読できたのはバタイユのみ。この人の「呪われた」力というのは、とんでもなくすさまじいと思う。

 われわれは死体そのものを見る機会は限られているとはいえ、死体を写真・映像その他で目にすることがある。そのとき、われわれには心のシャッターというかバリアというか、そういう感情の抑制機構が働いて、死体の恐怖・おぞましさ、死者への憐憫や同情、悲哀、憎悪などを感じないようにしている。物そのものだけに還元して、感情の湧き起こりをブロックすることができるのだ。まれに死体の損傷や流血を見てグロテスクなさまに目をそむけるくらい。
 しかし、この「エ ロ ス の 涙」に収録された絵画・写真にはそのようなブロック機能、抑制機構が働かない。グロテスクな死にざま、損傷状態にも関わらず、目をそむけることができない。むしろ、視線が死者に向かって集中する。死に臨んだものたちの恍惚、この世界の向こう側を覘く幸福、不変なものとの融合などがあまりに強烈で、「死」にまつわる悲惨・恐怖・悲哀などから遠く離れているのだ。その理解のしがたさが「おぞましい」となるのかしら。
 それにしても人類最初の絵といわれるラス_コー洞窟の壁画から野牛に襲われて死につつある男が勃起していることを発見し、この処 刑写真と同じような拷 問と残 虐刑死の絵ばかりを集め、細部をなめるように眺めて、死の恍惚とエロティシズムの絵画史を作り上げてしまうバタイユを、最高の賛辞をもって「変態」と呼ぶ。

 というわけで、バタイユ「エ_ロ_ス_の_涙」は万人向けの紹介はしない。おぞましいもの・グロテスクなものを目がつぶれても直視したい、人間の不気味さを根底的に調べたい、共同体から放逐される危険を冒すことを望むというごく少数の魂の冒険者にむけてのみ紹介する。存在の虚無、孤独、無根拠性、不条理に耐えられらないもの、および精神的な未成年者は失せろ。おまえたちのものではない。webには凌_遅_刑の写真も公開されているが、決して見てはならない。