odd_hatchの読書ノート

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マルグリッド・デュラス「静かな生活」(講談社文庫)

 フランスの田舎で農業を営む一家。叔父やいとこなど複数の親族が住んでいる。主人公フランシーヌ(ほとんどそう呼ばれることはない)は、ティエーヌと婚約している。ティエーヌは弟ニコラとは仲がよくない。そのうち、ニコラは馬にけられるという事故を起こし数日して亡くなる。そのために両親はひどく落ち込んでしまうが、主人公はそのことに感化されることもなく、ティエーヌとの逢瀬を続ける。何の感動もなく。休暇をとって海に出かける。彼女に気のありそうな男が、海で遊泳中に溺れるのをみつける。しかし彼女はそれを眺めるだけで、通報しなかった。彼女は故郷に戻り、ティエーヌと結婚する。
 こうした外見上のプロットを書いていると、どうしようもない人間たちの小説に思えるのだが、主人公の眼から描かれると印象が一変する。彼女の気持ちの中にある期待と倦怠、そして無関心の有様によって、世界から意味が剥奪されている様子が書かれている。過去にも世界の意味が剥奪された世界を書いた人はいるけれども、それは無あるいは闇としてのイメージだったように思う。ここでは世界はそのような暗黒にあるのではなくて、白あるいは空虚のイメージ。世界が平坦になってどこまでも光があり、影もない世界。こんな空虚のイメージはこの時代(1944年の作)に同時的に現れた。白井浩司の解説のように「嘔吐」や「異邦人」など。
 とはいえ、彼女の期待と倦怠と無関心の入り混じった世界は、独身男性である自分にはよくわからない。数行の間に気分は切り替わり、突然飛躍したアフォリズムで文章が締めくくられる。作者30歳のときに25歳のときのことを書いているのだから。もう少しあとになると、この人の文章の明晰さはもっとすぐれたものになる。
 ま、理解しがたさを感じることが自分が独身であることの理由なのだろう。


 講談社文庫は品切れだが、グーテンベルク21で購入可能。