odd_hatchの読書ノート

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アーシュラ・ル・グィン「ロカノンの世界」(ハヤカワ文庫)

 「全世界連盟から派遣されたフォーマルハウト第2惑星調査隊は、隊長のロカノンを残して全滅した。この惑星にひそむ連盟への反逆者が、調査隊を襲ったのだ。なんとかこの事実を母星に知らせようとするロカノンだったが、通信装置を破壊されてしまっていた。使用可能な装置は調査隊を攻撃した反逆者の手もとにしかない。ロカノンは、この星のヒューマンノイド―風虎に乗り、空を翔けるアンギャール族の協力を得て、未踏の大陸の果てまでも反逆者を捜し求めるが…その後のル・グィンの物語世界の基調をなすSF界の女王の記念すべき長篇第1作!」
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/10823.html

 1966年の刊行。
 主人公ロカノンは43歳の惑星調査隊長。作中ではどのようなしだいか詳細は不明であるが、彼の調査隊は「敵」によって全滅した。ヨーロッパ中世の、というより中世文学が描いた宮廷とその周辺の農村などを模した世界の中に取り残される。彼が自分に課したのはアンシブルという惑星間通信機械を回収すること。これを奪還することによって、元の世界に戻ることである。しかし、彼の手元には武器はなく、この惑星の知的生命体の所有するものしかない。徒歩と風虎(windtigerなのだろうか、魅惑的な言葉だ)を使って、頼りにするのは己の知恵と力、そしてコミュニケーション能力のみ。中年ではあるが、颯爽として倫理感の高い男の冒険が始まる。
 懐かしいなあ、と思うのは、以前に西洋中世文学をいくつか読んでいたからで、ここに描かれたのはロカノンの背後にあるものはSFのさまざまなギミックや設定であるとしても、物語の骨格は昔ながらの冒険小説であり、西洋のファンタジーであり、何よりも<宝>を求める聖杯伝説の語りなおしであるから。ロカノンは生まれが異星であるということで貴種の役割を自ずと持ち、行く先々で賓客として扱われ、王女とのはかないロマンスもあり、冒険の友になるのはその世界の英雄と忠誠心あふれる若者であるのだ。
 とはいえ、この惑星にすむさまざまな知性体との交通を繰り返すうちに、<聖杯>奪還の目的は次第に薄れていく。彼らとは銀河共通語による会話ができないこともあり、また仮に会話が可能であっても彼らを理解することは不可能であることを知らされる。主題には現れていないが、このような交通の不可能、あるいは限定がある状況において、<私>とは何か、所属する組織のミッションを遂行することに意義があるのか、彼らは指導するべき対象であるのか、そういう疑問がロカノンを通じて読者の側に問いかけられる。ここでは、とりあえずファンタジーの枠組みの中に納まるように<聖杯>は発見され、彼の任務と冒険は成功するのであるが、彼は英雄にはならない。ほかの物語にあるように英雄になって地を去ることはできず(なにしろ八光年離れた基地から救助隊が来るのは8年後なのだから)、その地にとどまることになる。そのとき、ロカノンにどのような変容が現れたかは触れられない。
 これはこのあとの作者の文学と思想の冒険が始まる一歩を示したもの。思想や主張は若いものであるけれど、文章の闊達さと重厚さは第一級のものであって、当時33歳であったとしても驚愕に値するデビュー作だ。