odd_hatchの読書ノート

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アーシュラ・ル・グィン「辺境の惑星」(ハヤカワ文庫)

 「五千日も続く冬の到来を前に、竜座の第三惑星では大混乱が生じていた。原住種族ヒルフのなかでも蛮族として知られるガールが、他部族の食糧を略奪しに北から移動してこようとしていたのだ。この惑星に移住して、何世代もたつ異星人ファーボーンは、ガールの大軍に立ち向かうべく、ヒルフの温和な部族トバールと同盟を結ぶ。だが、ファーボーンの頭アガトとトバールの族長の娘ロルリーが出会ったとき、事態は大きく展開するのだった…異種族間の相克を、ル・グィンがみずみずして筆致で鮮やかに描いた、『ロカノンの世界』につづく長篇第2作。」


 大状況を書いておくと、前作「ロカノンの世界」から、さて1000年もたったのか、おそらくテラで生まれた種族はロカノンのおかげで「心話」の術を獲得し、この第三惑星に移住してきた。上記のようにひどく居住に困難な環境だ。彼らファーボーン(遠くで生まれたもの)は元の居住民の技術や文化などにインパクトを与えないように生活をしてきた。そのために、彼らがもともと持っていた知識や技術は失われるつつある。そしてこの過酷な環境で不能や奇形のために彼らは衰えつつあった。一方、元の居住民は苛酷な環境と人口が増えない状況のために、ファーボーンの技術や知識を吸収せず、伝統的な生活を保ち、かつファーボーンへの畏怖と不信、憧憬と差別をもって、互いに干渉しないで暮らしていた。さて、ファーボーンが移住して600年、上記のように北方の民ガール(たぶんグール「悪鬼」を変形したことば)が部族間の統合を果たし、これまでにない勢力を持ってトバールの街に南下してきた。彼らは放住生活をしていて冬の時期は南に移住するのだが、これまでトバールやファーボーンの村や町に干渉することはなかった。今回は異なり、トバールやファーボーンの街を略奪し、住民を虐殺している。このときファーボーンの長アガトはトバールの長ウォルドに提携を提案する。
 大きなストーリーは、ガールの侵略によってトバールの村が壊滅し、わずかな生存者を迎えたファーボーンの街がガールの侵略に抵抗する籠城戦。数百人対数千人の絶望的な戦いが繰り広げられる。ファーボーンの味方になるのはそれこそ冬の寒気と雪くらい。ここでは奇抜な戦略もヒロイックな戦闘もなく、消耗戦があるばかり。この戦闘のリアリティというのは、そうだな、堀田善衛「海鳴りの底から」の天草の乱に近い。
 そこにファーボーンの若い長アガトとトバールの異端の娘ロルリー(彼女はトバールの村長とファーボーンの女の間に生まれた混血児)の異質なものたちのロマンスが加わる。問題は、歴史や文化、民族というか生まれも異なる異質なものたちの間のコミュニケーションの可能性について。のちの作者の作品からすると「甘い」ということになるのだろうが(なにしろトバールという伝統的で頑固で保守的な民族が、ほとんど交通のないファーボーン(それは地球の論理や倫理を体現したもの)の提案をやすやすと受け入れるのであるから、1966年という時代を考えるとき、ここに描かれた状況は先端的であったと思う。なにしろ、異文化の異星人を躊躇なく壊滅するパンシン「成長の儀式」や、異質なものとの交通をはなから無視するようなヴォークト「目的地アルファ・ケンタウリ」などが同じ時代に書かれていたのだ。それでもなおかつここに描かれた状況は克服するべきものであり、さらに先に進まねばならないと決意した作者のいきごみはすばらしい。それがいかに悲観的な状況を描かねばならないとしても、この主題、異質なものとの交通と協調というのは現実世界でも困難であり、それを解決しなければならないから。(このあとの「世界の合言葉は森」「所有せざる人々」などで自分は驚愕したものだ)
 作者の筆はさえつつある。アガトやロルリーという若いヒーローとヒロインの描き方はファンタジーの範疇から離れないにしろ、トバールの老いた頑固な長老ウォルドの造形はすばらしい。アジェンデ「精霊たちの家」の族長エステーバンのような存在感。どちらも女性によって書かれた老人男性だ。
 (以前読んだときにとりわけ心に残ったのはロルリーの境遇。1年が5000日という長期間で半分が冬になるので、多くの子供は冬に生まれ春に恋をし、秋には一家をかまえる。しかしロルリーは異端の母を持つために秋に生まれた。同世代の若者がいないので、彼女は自分の共同体では夫を持つことができない。彼女の青春は冬の闇に閉じこもることになる(はずだった)。この孤独、諦念。30歳直前で読んだとき、身にしみたなあ。)