論文ごとにサマリーを書いておく。
古代思想史の課題1946 ・・・ バートランド・ラッセルが「西洋哲学史」を書いたが、その編集のずさんさには驚いた。教科書といえども、たんに引用するだけでは歴史にはならない。著者の問題意識がないといいものは書けない、とくに歴史の叙述では、という話。
邪教問答1947 ・・・ たぶんクリスチャンと思われる女性から最近の宗教状況の不満を書いた手紙を受け取ったので、その返事。あなたは邪教というが古代キリスト教も同時代には邪教とみなされていたよ、その当時も優れた人物はいたろうが同時にいんちきや詐欺師もいたよ、教団の組織化と拡大の過程で元の教義を裏切り権力に妥協する教えを取り入れていたよ、そのような歴史を見ないで自分を宗教の代弁者とみなすのはおかしいよ、あなたも邪教とおなじところにいるのだよ、むしろ組織と観念を背後において警世の言を立てるのならまず自分の姿を見直せよ、(後半は私の解釈)という話。
マーティン・ガードナー「奇妙な論理」(現代教養文庫) 21世紀のニセ医療、ニセ健康療法の起源は20世紀前半からあった。 - odd_hatchの読書ノート
ちぬらざる革命1949 ・・・ 20世紀の思想をみるとき(書かれたのは1949年)、サルトルなんかよりも政治家、革命家(たとえばレーニンとスターリン、ガンジーとネール、孫文と毛沢東)を読んだほうがいい。こういうひとたちは革命とか「神の国」を目指しているが、後の人ほどその実現の見通しがあとになる。イエスとパウロ、アウグスチヌス、ルターと同じ。どっちも不寛容に対して不寛容で対応していて、異端審問と赤色粛清と同じことをしている。革命が可能になるには、革命思想を同じにする国家が隣にあること、その国の民主主義体制がいちおう確立していること、重要産業やインフラ事業に革命の賛同者が組織化されていること、軍隊がないか無力か味方であること、革命政党が大衆の支持を受けていること、だよ。下手な革命は傍迷惑でないほうがよい。
荒畑寒村「ロシア革命運動の曙」(岩波新書) 19世紀ロシア革命運動の様子。著者はナロードニキに同情的で、ボルシェヴィキには批判的。 - odd_hatchの読書ノート
十字路に立つ大学1949 ・・・ 大学が機能していないとよく言われるが、それは大学に対して過剰に要求しているから。アカデミックでかつ「清貧」を求めるのがおかしな話で、予算も人員も不足している。また学生がアカデミシャンになることを求めているという思い込みもある。また大学の教育が体系的思考や論理的操作の定着にあるが、そういう枠に収まらず、またそれに外れたところで才能を示す人物を評価、発育する仕組みをもっていない。日本は機構いじりが大好きだが、作りっぱなし。それではねえ、という話。おい、これが書かれたのは1949年だぜ。全共闘の時代でも、今日でもないんだぜ。
唯物論の歴史1950 ・・・唯物論(マテリアリズム)という言葉が生まれたのは16世紀。しかし、現代のさまざま論者がいう「唯物論」(たとえば物質主義とか快楽主義と同じにみなされるような)を主張した人はまずいない。それほど徹底した「唯物論」は戦闘的無神論をとなえた数名くらい(ディドロとか、マルクス、レーニンなど)。いまでも進化論や科学を批判する人は「唯物論」を標的に批判するけど、そんなことを考える人はいったいいくらいるのかしら。
カール・マルクス/フリードリヒ・エンゲルス「ドイツ・イデオロギー旧訳」(岩波文庫) マルクスは宗教全般を完全否定したのではなくて、国家が宗教を基礎に置いていることを批判している。 - odd_hatchの読書ノート
無人郷のコスモポリタン1950 ・・・ 視点がどんどん移動していくのでなかなかつかみにくいなあ。奴隷制は生産性を低下させるものであって、かつ資産を減らす。なぜなら強制と暴力による労働は意欲を減退させ不正を起こさせたり人の退廃を招くから。現在は2つのサバイバルが問題になっていて、ひとつは戦争による破滅、もうひとつは環境破壊による破滅。後者を深く考えている人はほとんどいない。政治権力は人民の代表をかならず人変わりさせ、「人民はgreat beast(この意味はつかみにくい)である」という視点になって権力を行使する。人民政府の典型であるソヴェト政権でスターリンの銅像なぞが建立されるのは、理念における「人民代表政治」もローマの「皇帝崇拝」やちかごろまでの「天皇崇拝」とメンタリティにおいてどれほど違うのか。
笠井潔「バイバイ、エンジェル」(角川文庫) キーワードは「赤」。通常禁忌とされる殺人を確信的に実行する観念に対する批判。 - odd_hatchの読書ノート
「旅順陥落」1950 ・・・ レーニンは日露戦争の旅順陥落を評してツァーリズムの没落の開始とみたが、スターリンは対日戦争開始にあたり国民的恥辱を雪ぐ戦いといった。いつスターリンはレーニンの簒奪者となったのか。書かれた年号に注意。
マルクス・エンゲルス・レーニン研究所「スターリン小伝」(国民文庫) 官製の伝記(1951年初出)がいかに無味乾燥なもので、いかにうそをついているかがわかる格好の本。 - odd_hatchの読書ノート
フレシチョフ「スターリン批判」(講談社学術文庫) 収容所群島の問題を「個人崇拝」に矮小化して共産党を延命させた1956年の歴史的演説。 - odd_hatchの読書ノート
レフ・トロツキー「裏切られた革命」(岩波文庫)-1 1928年国外追放1932年市民権剥奪となったトロツキーが1936年に書いたスターリン時代のソ連批判。 - odd_hatchの読書ノート
レフ・トロツキー「裏切られた革命」(岩波文庫)-2 トロツキーは自由選挙、複数政党制、経済民主主義を提案する。すべては1917-23年の「革命」時代を取り戻すために。 - odd_hatchの読書ノート
新しき幕明き1950 ・・・ 朝鮮戦争が始まってからアメリカの日本占領政策は大きく転換したが、それに対して進歩政党は「われわれはだまされた」と叫んだ。なんという滑稽、軽挙妄動。昭和25年において問題は「占領下」であることだが、そのことをしっかりと考える政党、政治家、評論家はいない。知識階級の政治的失格を表すもの。
無抵抗主義者1950 ・・・ 現代(当時)の共産主義者は、党と人民と主義に対する忠誠が求めらているが、これらの幸福な三位一体が成立しているわけではない。どれかに肩入れしたら、明日には「人民の敵」「分裂主義者」の汚名を着せられかねない。世界の政治と体制において人は無抵抗主義者にさせられている。この達観、ないし諦観から始めて有効な抵抗を語ることができる。
レフ・トロツキー「永続革命論」(光文社文庫) ターリンとの政争に敗れ、本人不在で行われた裁判への反駁。自分はレーニンに忠実だったという弁明。 - odd_hatchの読書ノート
共産主義的人間1951 ・・・ 1950年当時のニュース、公式資料などからみたソヴィエトの状況のレポート。国内に対してウルトラナショナリズム、属国に対する覇権、秘密警察と収容所などなど。共産主義国家の病理、犯罪はすでにあった。スターリン批判の6年前の文書。鉄のカーテン越しでも見える人には見えるという実例(あの国はいつでも「非常事態」なので、主権とか自由とかは制限されるのはあたりまえということになっている。それは民主主義国家でも起こること、と指摘する)。共産主義的人間というのは、党・人民・観念に対する忠誠が求められえるが、朝令暮改の方針なるものに無条件で従うことを強制ないし自発的に行える人間であるということらしい。笠井潔「テロルの現象学」だけでは説明のつかない政治的人間(政治に加担すると、倫理や道徳などを脇において、権力の闘争家に変質する)を考察しないと、あの国家や党員の行動や論理、思想などは説明つかないと見える。
レーニン「共産主義における左翼小児病」(国民文庫) 闘うべきときに戦わない「日和見」と、闘う必要のないときに戦う「跳ね上がり」の左翼小児病。党と指導者の権威を高めるための「理論」。 - odd_hatchの読書ノート
三木清の思い出1946 ・・・ 京都大学の哲学科で同窓だった哲学者の思い出。三木の著作「読書と人生」には林の名前が出てこないのでこの関係は知らなかった(おい、まて。いずれも10代の終わりと20代の前半に読んでいるというのに。さらに追記。「読書と人生」に林の名はでてくる。いったい何を読んでいたのだか)。三木清の著作からは想像できない姿が描かれる。この二人に谷川徹三を交えてある女性をめぐる三角関係になるとか、とある夫人と不倫関係にあるとか、強烈な上昇志向・肩書き志向であったこととか、戦前の共産党の関係が林からすると彼はだらしなく高倉テルとの関係をもっと峻烈にしておけば獄中にいることはなかったかも、とか。
三木清「読書と人生」(新潮文庫) 大正教養主義時代に「非政治的」という政治的な立場から読書の仕方を考える。 - odd_hatchの読書ノート
「私の生き方がなるべく人の邪魔にならぬように、目立たぬように最小限に簡素に暮らすことにある(無人境のコスモポリタン)」という。じつのところこれだけの知性をもって、博識に歴史を縦横に行き来して、現在の問題の本質をずばりと射抜くとなると、人は放ってはおかないのであって、今に至るも彼の言葉は生き生きとしている。
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