odd_hatchの読書ノート

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日影丈吉「かむなぎうた」(ちくま文庫)

 「ハイカラ右近探偵全集」(講談社文庫)を読んでピンとこなかったのだが、こちらの短編集は面白かった。とはいえ、500ページを読むのに1年ほどかかっているのだから、怠惰な読み手ということになるか。九鬼紫朗「探偵小説百科」(初版)でこの人の名前と「かむなぎうた」はすいぶん前から知っていた。当時は簡単に入手できる本ではなかった(高校時代に現代教養文庫で4冊でていたが)のと、ちょっと古い人だったので、敬遠してきた。
 この人はいわゆる論理やトリックで勝負する「本格」派のひとではない。狭義な探偵小説の枠組みで語ると、少なくともこの短編集に収録されたものには「ミステリ」も「探偵小説」もない。江戸川乱歩の言う「奇妙な味」の小粋な小説を書く人だった。そして、ミステリ仕掛けであっても、恐怖小説にちかいところにあるものがたくさんある。たとえば「吉備津の釜」なんてのいうのがそういうものであって、金策に詰まった男が場末の飲み屋で出会った男に金策があると教えられる。翌日指定された場所に行くのだが、途中、その場所に起きた昔の話、伝説を思い出し、その状況が自分に重ねあわされて、もしかして自分は化かされているのではないか、と恐怖する話。こうやって梗概を書くと恐怖などかけらもないのだが、現実の時間と回想する昔話の時間が融解していて、どちらが現ともわからない状況をかもし出す筆の力はたいしたもの。この恐怖はやはり文章の力によるのであって、和田勉が映画化しているのだが(「怖がる人々」)、映像の美しさに目を奪われるとしても、主人公の恐怖などいっこうにかんじなかった。監督は小説通りに映像化したのだけれどもねえ。これは演出の力不足というより、文章の恐怖がそれだけで自立しているからで、映像化するとそのかけらですらも抑えることができないのだということになる。
 ないものねだりの文句を付けると、やはり時代の趨勢というのは起こるものであって、彼が最も活躍した昭和20年代の風景はもはや日本のどこにもない。そういう貧しい日本の風景と失われた人情に依拠した物語を読むとなると、すこしばかり冗長でもあった。それからこの人の小説は導入部分が長く、物語の中で語られる物語という入れ子構造になっているものが多いので、前半はやや退屈、後半は駆け足ではしょり気味になってしまう。
 収録は以下の通り。
「かむなぎうた」(1949)/「狐の鶏」(1955)/「奇妙な隊商」(1956)/「東天紅」(1957)/「飾燈」(1957)/「鵺の来歴」(1957)/旅愁」(1958)/「吉備津の釜」(1959)/「月夜蟹」(1959)/「ねずみ」(1959)/「猫の泉」(1961)/「写真仲間」(1961)/「饅頭軍談」(1963)/「王とのつきあい」(1964)/「粉屋の猫」(1976)/「吸血鬼」(1975)
 この人、戦前にフランス留学して語学は堪能、フランス料理のシェフでもあって、その方面の著作も多数。「ミステリー食事学」(現代教養文庫)だけ読んだが、うん、この時代の作家というのは勉強家だったのだ、と博識に感嘆することになった