odd_hatchの読書ノート

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辻真先「改訂・受験殺人事件」(創元推理文庫)

「お馴染みポテトとスーパーの通う西郊高校きっての秀才が、校舎の三階から飛び降りる。が、その死体が発見されたのはそれから四時間も経ってからだった!彼の死を殺人と信じるポテトとスーパーは、出版社の依頼を受けて事件の詳細を交互に綴っていくのだが…?!常に読者の予想を上回る意外性を追求してきた著者が、さらに上をいくトリックを仕掛けてあなたに挑戦する。」

 高校3年生の秋から冬にかけて。重要なイベントである文化祭にクリスマスのパーティ、年明けの新年会(なぜかアニメ制作会社のそれにさそわれる)、多くの人が集まる中で起きた殺人事件。すべては密室状況で、かつ被害者は受験目前の高校生。関係者も高校生かその周辺人物。1976年はこのように終えた(初出は1977年)。とくに最初の事件がホックの「長い墜落」と同じ状況にしていて、この解決が秀逸。あと、スーパーとポテトが交互に書いて行くという設定だけど、プロローグとエピローグで真犯人の告白があるので、これに注意。 いちおう読み終わった後にタイトルをもう一回読み直してね、とおせっかいしておく。
 受験に対するまあ一般的な批判が書かれている(青春をこんなことに費やしてむなしくないか、人生が受験で決まるのはおかしくないか、父(祖父)みたいにならないようにがんばりなさい)。一人のシニカルなガリベン(死語かね)は、いい大学にいって会社にはいったら出世なんかめざさないで適当にやっていくよ、と主張する。この時代には、会社に入社したら定年まで勤め上げることができ、毎年給与は上がり、退職金もそれなりにもらえるという「幻想」が共通になっていたのだ、ということを確認しておこう。ちなみに2011年現在、彼のような主張をした人は50代になっている。
橘木俊詔「企業福祉の終焉」(中公新書) - odd_hatchの読書ノート

 ここでは「スーパー」というヒロインのことを語りたい。というのも、今になってこそこういう活発でリーダーシップがあり頼りがいのある若いヒロインは意外でもなんでもなくて、そこらにごろごろしている。もしかしたら類型的な人物像になっているのかもしれない。
 でも、書かれた当時の1970年というとそんなヒロインはいなかった。著者がアニメに関わっていたので、その文脈で考える。女の子が主人公のアニメは「あかねちゃん」「魔法使いサリー」あたりを嚆矢とする。彼女らは親のいない家庭の「母親」の代わり。それ以外のアニメに出てくる重要な女の子たちも「よい子」や「母親代わり」で、主人公の後ろに隠れて助けたり、主人公の不在時に「家」を守ったりするもの。あるいは、ヒーローが助けなければならない弱い存在あるいはヒーローたちのあこがれる「深窓の令嬢」だったりする。世の中、「中ピ連」なんかに象徴されるウーマン・リブ運動があったりもするが、そういう肩肘張ったり目を吊り上げたりするような「危険」な女性像はアニメには現れない。揶揄されたのは受験勉強を強要するママであったり、夫の会社の地位を自分のステータスと思う成り上がり妻だったりだった。
 変化の兆しは「キューティーハニー」あたりか。ここで初めて「戦う女性」が生まれる。あるいは「魔女っ子メグ」も同時代かな。こちらの戦う相手は組織犯罪者でなくて、身近のライバルや親であるのだが、ひかえめながらも主張する女の子になる。
(追記: 「レインボー戦隊ロビン」1966年リリの方が早そう。)
 で、この「スーパー」という女の子。新聞記者の兄が持ってくる幾多の本を濫読し、博覧強記の優れた推理力の持ち主であり、一方空手か合気道の護身術の達人。からっとした性格で、好奇心旺盛。相棒のヒーローがさえない容姿で控えめな性格なので、彼に代わって推理と捜査をリードする。この女性像、たしかに男の願望から生まれたものであるのだろうが、それでも時代の先取りをしていたのではないかと思う。