日本のSFを立ち上げたうちの一人。残念ながら1972年に急逝。享年42歳(だったかな)。存命であれば、小松・星・筒井・光瀬などと並べられたはずの作家、との由。この人の得意な時間パラドックスSFは厚いのでパスすることにし、晩年の表題作を読む。きわめて古典的なミステリ。
「昭和モダン華やかなりし頃、その惨劇は起きた―。関西のハイカラな医師邸に納車された最先端の自動車「T型フォード」。しかし、ある日、完全にロックされたその車内から他殺死体が発見されたのだ。そして46年後、この車を買取った富豪宅に男女7人が集まり、密室殺人の謎に迫ろうとするが…。半世紀を経てあきらかになる事件の真相とは?著者会心の傑作ミステリ中編ほか2編を収録。」
嵐の近づく夜、ある富豪が友人知人を招待した。彼の家にはクラシックカメラその他昭和初期の製品がコレクションされていたのだった。その自慢を聞かされるかと思ったが、実はT型フォード自動車を紹介するためだった。古い医院の車庫にほとんど使われていない自動車が保存されていた。それを半年も掛けて修理したのである。招待されたのは、医師、作家、大学助教授の老人たち。あと富豪の娘とアメリカ人の婚約者に、修理を担当した助教授につれそう技師。
富豪が残していた家庭向け8mmフィルムを上映した。そのフィルムには美しいお嬢さんとT型フォードが写っていた。医師は不思議な因縁話をすることになる。それがサマリのこと。若いお嬢さんは二人の男性と三角関係にあった。土地の縮緬問屋の若旦那、それに神戸の実業家。後者と婚約したのだが、そのときお嬢さんは友人の恋人を結果として奪うことになり、しかも若旦那のやきもちもひどいことになっていた。一計を案じたお嬢さんは書生に命じて、当時としては珍しいヌードを撮影し、仕返しをしてやった。その夜、若い実業家が撲殺され、密室状態のフォード自動車内に放置されていたのだった。左翼雑誌をもっていた書生に嫌疑がかかり、無期懲役になる。そして戦争ですべてがうやむやに・・・
富豪は招待された人たちに、自分は事件の犯人とトリックがわかったと宣言し、推理比べをしようと持ちかける。実演までしようということになり、助教授が死体役になった。しかも前回とまったく同じようにフォードの中で本当の死体になってしまう。
文章が稚拙で、どうにも読み辛いったらない。遺作というから体調が優れなかったのかな。複数の趣向が持ち込まれていて、意欲十分であることがうかがわれるので、惜しいなあ。あと、作者はモノに対するマニアックな趣味があり、骨董カメラやT型フォードのことなど薀蓄を書いているときは、筆が踊っていて実に楽しく読ませる(解説によるとクラシックカーの模型作製と販売で生計を立てていたそうな)。そういうマニアック趣味は、医師の語る昭和初めの世相、風俗描写にも見られる。成金がまだ大恐慌であたふたする前、優雅で金のかかる趣味をしている。彼らは和風の家に洋式家具を入れ、和服と洋装を使い分け、カメラ・ラジオ・蓄音機・自動車などの最先端機器を嬉々として購入し、趣味にふけっていたのだった。お嬢さんたちも女学校卒業後、定職もつかずにぶらぶらし、縁談を持ち込まれるのを待っていたのだった。そして映画を見にいき、海水浴もするという最新モードの生活を楽しんでいた。こういう描写は同時代文学には無かったように思え、むしろ自然主義文学と私小説は貧困や自我のグロテスクな肥大を描き、こういうおおらかな生活を指弾していたと記憶する。なお、 今東光「悪太郎」(角川文庫)、淀川長治「映画が教えてくれた大切なこと」が描く神戸と同時期であることに注意しておこう。
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今東光「悪太郎」(角川文庫) 大正デモクラシー期の旧制中学生の記録。現代と同じくらいの性的放縦さがあり、神戸で「ガイジン」と交流して自由をみつけられた。 - odd_hatchの読書ノート
松本泰「清風荘事件」(春陽文庫) 悠々自適なディレッタントが書いた探偵小説は上流階級を描いた英国風味。当時の読者とは趣味が合わないので忘れられた。 - odd_hatchの読書ノート