odd_hatchの読書ノート

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森雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」(講談社文庫)

 「1781年、ウィーンで作曲家モーツァルトが死ぬ。1809年6月、作曲家ベートーヴェンは訪れた楽譜屋で、モーツァルトの娘と噂されるシレーネと出会う。彼女は、自分の父が作曲した子守唄を、モーツァルトの作品として出版した楽譜屋に、抗議しに来ていた。ところが楽譜屋が火事になり、死体だけがベートーベンが練習を行っている劇場に現れる。更に魔笛作家の行方不明など不審な出来事が連続して起こり、さしもの偏屈作曲家・ベートーヴェンも、「モーツァルトの死の謎」に関して、無関心を決め込むわけにはいかなくなるのだが。」

 ベートーヴェンチェルニーを主人公に、ナポレオン侵攻とウィーン会議に揺れる時代を舞台にしたライト・ハードボイルド。歴史上の人物を主人公にするとき、なかなか論理的・合理的な知性をもち、かつ近代の人権意識もあるという人は見つからない。最近は、ダ・ヴィンチアリストテレス、カント、ダーウィンシュリーマンなどが探偵になっているらしい(科学者を探偵にするというのは、この問題の解決になるかな)。そこで、本格ミステリではなくて、ハードボイルドの行動する探偵にしたらどうか、というのがこの作のキモ。偏屈で気難しいが、お人好しで信念があるという人物としてベートーヴェンを持ち出したのは慧眼。他の作曲家で探偵ができそうな人はちょっといないな。(ブルックナーとかドビュッシーが探偵になるなんてことはありえない。昔の人なら、神秘思想家ヒルデガルト・フォン・ビンゲンか不貞の妻を殺害したジェズアルドが俎上に乗るかもしれないが、クラシックおたくでないと知らんよ。)
 1985年の乱歩賞受賞作。過去に小峰元「アルキメデスは・・・」や栗本薫「ぼくたちの時代」などがあったが、このあたりからミステリが大人の読み物から未成年の読み物に変わったという印象がある。人物ではなくてキャラクターを設定。現在の若者に近い会話。社会への情念は希薄で、個人間の関係を重視。若者に支持されて、年寄りは無視。そんなエンターテイメント。