odd_hatchの読書ノート

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ジョン・ガルブレイス「不確実性の時代」(TBSブリタニカ)

 以前読んだとき(講談社文庫)は、なんだマルクス経済学の評価が低いじゃないか、世界の不確実性とその克服のことを書いていないじゃないか、と厨房丸出しの感想だった。まだ、1989年を迎えていないし、たとえばポーランドの連帯活動や西側世界の反核運動に(なんとなくの)かすかな希望を持っていたころ。
 読み返してみると、経済史と経済学史、政治経済学と政治史のよい教科書だということ。これを丹念に読んでいれば、ここ数年の経済学関連本の読書はもうすこしスムーズにいったことだろう(いずれ経済の本を取り上げるつもり)。もちろんいくつもの非難なことはいえて、東洋のことが書かれていない、とか、封建時代および絶対王政のころの経済状況をふまえるべき、とか、いいがかりめいたことは言えるのだが、本書(というか元はTV番組の台本に手を加えたものだ)の記述範囲は、産業革命以後であり、地域は西洋と北アメリカに限る(イギリスの視聴者にはそれで十分ということなのかな)ので、問題はない。主題が経済であるので、アダム・スミスと同時代(だったかな?)の政治思想家は書かれていない。ロック・ホッブス・ルソーなどは対象外。
 その代わりに、同じ著者の「ゆたかな社会」「満足の文化」に通じる、金持ち・資産家の記述が詳しいことに目がいく。なるほど、19世紀後半のアメリカの金持ちの無軌道ぶりはひどいものだったのだ(そのコダマがクィーンやヴァン・ダイン、ハメットの探偵小説に描かれている)。ナポレオン・ヒルカーネギーらは成功哲学創始者として名高いけど、その莫大な資産は劣悪な労働環境を放置し、労働運動を弾圧することなどに支えられていたのだ。今ではビル・ゲイツウォーレン・バフェットらの金満家による慈善事業を賞賛するのであるが、その元の思想の一部は古い金持ちたちの社会批判をかわす手段であった(ゲイツやバフェットの行為もそうであるとは判断つかない)。また、19世紀のアメリカの金融政策にも驚きがある。当時は、弱小の銀行が多数あり、それぞれが貨幣を発行していた。彼らや資本家、経営者は政府による貨幣鋳造の制限に答えることが少なかった。おかげでしばしばインフレが発生し、弱小銀行が破たんした。貨幣鋳造権が政府に移動したのは20世紀初頭になってからのこと。
 1974年から3年かけて報道された番組なので、せいぜいケインズまでしか書かれていない。フリードマンリベラリズムやその後の合理的期待学派は登場しないし、社会主義諸国の崩壊や東アジア諸国の経済発展もないし、グローバリゼーションもない。それらのことはのちの本でフォローする必要があって、たとえば佐和隆光「経済学とは何だろうか」、宇沢弘文「経済学の考え方」などが入門になる(というか、これらは「不確実性の時代」を前提にして書かれているような感じがする)。
 「不確実」なのは世界ではなくて、それをとらえる言説のほうなのかも知れない。科学的・合理的な方法を誠実に実行しようとするとき、世界を認識する装置(学問とか思想とか)は「不確実」という答えを出すようになり、われわれは困惑している。

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 最後のほうで民主主義について書かれている。スイスとアメリカを対比。スイスは、問題があると自分たちで解決する方法を考える。アメリカでは、問題を解決するリーダーは誰かを探す。直接民主主義と間接民主主義の違い。もう一つは、アメリカはリーダーを養成するシステムを持っている。さて、翻ってカレル・ヴォルフレンなどを通じて見ることができるこの国はどうかしら。リーダーがそのリーダーシップを発揮できる場所はあるのか、リーダーシップは公平で透明になっているのか(リーダーを選出する過程も含めて)、リーダーを養成する場所はあるのか、そもそもリーダーを目指すことに夢や希望を持つことができるのか(筒井康隆の短編を思い出す。核戦争を開始するボタンを押すことになった軍司令長官。自分の半生を回顧するうちに、人生をもう一回やり直すことになり、親に軍人になることを強制されていたときに、ならずにすむ方法を見つける。それが「大統領になるにはどうすればいいの?」という質問。これを日本を舞台にすることは可能か。可能な時、「総理大臣になるにはどうすればいい?」に対して、どのようなモラルと節制を彼に期待することが可能か?)