odd_hatchの読書ノート

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アーネスト・ヘミングウェイ「危険な夏」(角川文庫)

 ヘミングウェイは最晩年に、雑誌ライフの後援を得て(かどうかはわからないが)、スペインを訪れることになった。作者は市民戦争時代の元義勇兵であるものの、その数年前にノーベル文学賞を受賞したというのであれば、軍事政権も門戸を開かぬわけにもいくまい。さて、義勇兵時代が25年前であれば、居酒屋の店頭の出来事であっても、その背後にある緊張感(ファシズムコミュニズムのいずれが政権を奪取するか)を想起しなければならない。しかし、60歳を迎えるパパ・ヘミングウェイはそこらへんに目を向けることはしなかった。(おせっかいを書いておくと、1950年代はフランコの独裁下にあって、ほぼ鎖国状態。観光でも簡単にスペインには入国できなかった。パブロ・カザルスは、フランコが政権を取っている間はチェロを演奏しないと宣言して、スペイン国境に近いフランスの寒村に暮らしていた。)

「危険な夏」 ・・・ 1960年にライフに連載されたノンフィクション。主題は彼の趣味である闘牛について。1920年代の若い日にはパリから羽を伸ばしてスペインに闘牛見物にでかけたものだ。しかし、あまりに闘牛士に近づき、彼の生死の境を目撃するとなると、辛いことになる。というわけでしばらく謹慎していたものの本場を訪れるのであれば、スター闘牛士のあとをつけて巡業を追いかけることになるであろう。今はどうかは知らないが、このころは複数の闘牛士はさまざまな興行師に呼ばれて、スペインからフランスを巡業する旅の生活をしていたらしい。スターの周りには弟子とかボディーガードとか妾とかその他の取り巻きを引き連れて、旅から旅へ。時としてはライバルと同じ興業に出演し、友好と差を見せ付けなくてはならないものらしい。闘牛士には度胸のほかにテクニックもあり、優れた見巧者からすると「トリック」というみかけは華々しいものの安全な術もあるらしい。しかしライバルが見守る前であれば、トリックと同時に牛の角に身を裂かれる危険を冒してまでの冒険もするものらしい。ヘミングウェイは二人のスター闘牛士、アントニオとルイス・ミゲルの巡業を追いかけるが、二人は当時の最大のスターであって、観客のみならずメディアの注目を浴びるために、危険な技をくりひろげずにはおかれない。結果、たったひと夏の間に、アントニオは一回、ルイス・ミゲルは二回も牛の角で重症を追うことになる。入院はしても2週間もすれば「リング」に復帰しなければならない。体力の衰え、旅の疲れ、家族のいない孤独な生活、これらが彼らに「危険な夏」をすごさせることになる。さて、ほとんどプロレスラーのことを書いているのはないかと思われるのだが、闘牛士にはリアルな死が待ち構えているとなると、その刹那の興奮と日常の堕落は大きく、しっかりコントロールできるものでないと20年以上スターの座を保つのは大変なことだ。主題から読み取るのはこんなところかな。スペインの政治情勢が筆をちじこませるものであるにしても、精彩にかけるなあ。パパには失礼ではあるが、開高健オーパシリーズのほうが読み出があった。

 以下は1938-39年ころのスペイン内戦時代のスケッチ。マドリッドで懇意にしているレストラン「チコーテ」を舞台にしている。直感で証拠はないけど、「移動祝祭日」ヘミングウェイが訪れ、ウェイターに「みんな死んでしまった」と答えたのは、このレストランではないかしら、と妄想してみたい。
密告 ・・・ チコーテで、なじみのウェイターに相談される。互いに知り合いのある男がスパイ(ファシズムの)であることが判明したので、密告するべきか。パパは密告先の電話番号を伝え「イエス」と答える。ウェイターは悩む。数日後、ウェイターは密告したと告白した。ホテルに帰ったパパは密告先に電話を入れて、密告者は俺ということにしろを命じる。彼はこの国の政治には部外者だから。

蝶々と戦車 ・・・ 同じレストランにて。ある男がふざけてウェイターに霧吹きを吹いた。ウェイターは怒ったが、男はやめない。ついに、警察や客を巻き込んでの銃撃が始まる。原因の男は射殺された。のちに事情を知ると、彼はたんに結婚式に呼ばれていて、ふざけて香水を撒いていただけだった。たぶん内戦のないときであれば彼のギャグはレストランで笑いを取っていたはずだった。

戦いの前夜 ・・・ スペイン内戦の奇妙さは、もちろん同国人同士で殺し合いをするということだけど、戦争の現場が町から歩いて数時間足らず、休暇をもらえた兵士はマドリッドその他の都市に行き、そこらのレストラン、バーで酔っ払えるということだ。そしてウェイターの中に人民政府の支持者がいて、スパイないしパルチザンもどきの活動もしているということ。そして一晩よっぱらったら、翌朝には前線にいって、戦車やマシンガンを撃っているのだった。休暇をもらっはイギリス人飛行士はヘンリー(ヘミングウェイのこと、ちなみに「武器よさらば」の主人公の名前と同じ)のホテルの部屋に集まって、サイコロばくちをしている。ヘンリーは戦車兵と酒を飲み、かれらの愚痴に付き合う。ここらあたりのパーティ状況というか、たくさんの人がひとところに集まってへべれけになっているのを描写するには筆の力が要るのだが、ヘミングウェイの力は強い。明日、戦争に出かけ、もしかしたら自分が死ぬかもしれないという可能性に直面して、遊びも性の遊戯もシリアスにならざるを得ない若い人たちをうまく描いている。

屋根の下で ・・・ ヘンリーは映画撮影班の一人として前線にいる。スペイン義勇軍の一部隊と一緒に行動している。ひとりのスペイン人(といっていいのか、カタルニア、アストリアスなど地域ごとの差異はこの国とは比較にならない)がひどくヘンリに挑発的だ。彼は話す。この場所で怖気づいたスペイン義勇兵が手を撃って、前戦に出ないですむようにした。彼は後方で献身的に働いていたが、その日の朝にソヴェト系の指揮官が彼を連れてきて、ひとしきりの演説(敵前逃亡は罪だ、これはみせしめだ云々)をした後、いきなり射殺した。

 戦闘行為を描くとき、もはや形容詞も副詞も役に立たず、名詞を羅列することによってしか、事実を伝える手立てはないらしい。後半の4つのエッセイの文体は、後の、そうだなオーウェルの「カタルニア讃歌」大岡昇平「野火」、ティム・オブライエン「本当の戦争の話をしよう」、開高健「渚から来るもの」その他のエッセイなどにずいぶん近いのではないか。