odd_hatchの読書ノート

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フランス古典「トリスタン・イズー物語」(岩波文庫)

 「トリスタンとイゾルデ」のバリアント。今度はフランスの場合。

 「愛の媚薬を誤って飲み交わしてしまった王妃イズーと王の甥トリスタン。このときから二人は死に至るまで止むことのない永遠の愛に結び付けられる。ヨーロッパ中世最大のこの恋物語は、世の掟も理非分別も超越して愛しあう情熱恋愛の神話として人々の心に深くやきつき、西欧人の恋愛観の形成におおきく影響を与えた。(裏表紙のサマリ)」
岩波書店

 いささか大仰にみえるこのサマリをもとにして、西洋中世文学を読む。10世紀ケルトで誕生したらしい駆け落ち譚が各所で変奏されるうちに、原本は散逸してしまう。19世紀の詩人ペディエは、フランスに残るトマとベルールの2系統の写本のうち、より古いベルールのものを採用して、さらに多くの詩人の語句を参照して最古の形態と思えるものを復刻した。もちろん確証のない編集は、いわばマーラー交響曲第10番のクック編集版のようなものとはいえ、その道の泰斗の作業は敬意を払うに足る優秀さがある。
 もともとワーグナーの楽劇でこの古い恋愛小説を知ったものには、フランス風の固有名にはちょっと面食らう。トリスタン、マルク王は変わらぬとして、イゾルデ=イズー、クルヴェナール=ゴルヴナル、ブランゲーネ=ブランジャンとなる。物語は、以前ドイツ民衆本を読んでいるのだが、そことの違いを書くとなると、主には後半の端折り方が際立つ。ここでは、トリスタンはアルトゥール王(アーサー王)の臣下になることはなく、トリストラントの故郷イヨーノイスの平定譚もなく、逢瀬もたった一度に過ぎない。最大の違いは、媚薬の効き目に制限がないことで、ドイツ民衆本では4年の期限であったのだが、そのような規定はない。それでも、数年を森の奥で暮らすうちに、愛の熱情は瞬間醒める間があると見て、彼らは互いに相手に対して惻隠の情を持つことになる。やせてやつれて、指輪もまわるほどに(中条きよしの「うそ」だな)零泊した相手を不憫に思いやるのだ。中世の文学というと、さほど読んでいないのだが、たいていの場合独白はない。会話は常に相手がいるところで発せられる。森の奥深くで声を聞く誰一人いないとしても、そこでの発話は神に向かってものであり、それは聞き届けられている。モノローグというのはない。奇妙なことに、ここでは恋人たちが相手のことを考えるとき、会話の相手はいない。というより、自分自身に向かう内話になる。このあたりを近代の個我の起源、主体の誕生と見るつもりはないのだが、面白いと思った。きっとペディエの筆が滑ってのことと思いうけられる。
 マルク王は陰が薄くてかわいそう。ドイツ民衆本にあった三角関係の悲劇は後景に退いていて、不倫の危険な関係がクローズアップされている。このあたりも「近代」の恋愛なのだろうなあ。

 

<参考エントリー>
イギリス: ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫)
ドイツ:ドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」(国書刊行会)

フランス古典「聖杯の探索」(人文書院)
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-1
ヨーロッパ中世文学「アーサー王の死」(ちくま文庫)-2