odd_hatchの読書ノート

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ブルフィンチ「中世騎士物語」(岩波文庫)

 「トリスタンとイゾルデ」のバリアント。今度はイギリスの場合(著者はアメリカ人だけど、この本のもとにした伝承や中世文学はイギリスのもの)。
 最初に中世物語の起源が書かれる。きわめて簡略化したまとめをすると、もともとは口承であったのが、11世紀くらいから文字にされた。その時最初に書かれたのがフランス北部(?)のロマーンス語であった。時代を下ると別の言葉でも書かれるようになったが、総称として「ロマンス」の言葉が残り、現在に至る。当然のことながら、中世の「ローマンス」と現在の「ロマンス」の意味は異なるので注意。また口承文学を伝えるのは「トルバドゥール」「ミンネジンガー」と呼ばれる職業歌手にして作曲家にして遊芸者。いまではCDで当時の音楽を聴くことができる(エキゾチックな楽器の響き、跳ねるリズム、ベルカントではない歌唱法など「クラシック」とは異なるところがおもしろい)。
 前半はマロリー「アーサー王の死」ちくま文庫のサマリー。サマリーといっても200ページ近くあるので、読みごたえは十分。全体は5部に分かれていて、(1)アーサー王の即位と円卓の騎士制度が作られるまで、(2)円卓の騎士の冒険、特にランスロットについて、(3)トリストラムとイザーデの悲恋、(4)騎士たちによる聖杯探求、(5)ランスロットアーサー王の反目とアーサー王の死。
 円卓の騎士にはヒエラルキーがあって、優秀な騎士とそうでない騎士が存在する。最高位にあるのは、ランスロットとガヴァインとガラハド(前者二人が円卓の騎士ができたときからの重鎮であるのに対し、彼は途中で騎士に昇格した)。次にいるのは、トリストラムとパージファル。ワーグナーの楽劇から中世騎士物語に興味を持ったものからすると、トリストラムとパージファルが高位にいないのは残念だ(とはいえ、ドイツでは二人を主人公にした中世文学が書かれているからよしとしよう。ドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」とヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ「パルツィヴァール」)。以前にドイツとフランスの「トリスタンとイゾルデ」(ワーグナーの楽劇表記とする)を読んでいる。そこでこのイギリス産のものを読むと、いくつか違いが現れる。トリスタンはアーサー王の円卓の騎士のひとり。そのため、他の言語物語には表れないアーサー王ランスロット他が登場する。代わりにマーク王の存在感が失われ、若い男に嫉妬する中年男に成り下がっている。クルヴェナールやブランゲーネ他の従者はほとんど描写されない。媚薬は重要ではない(イゾルデの母が初夜のために用意したものを航海中に誤って飲んだとか、マーク王のもとから駆け落ちしたあとの二人暮らしの艱難辛苦は語られないとか、というか追放されたのはトリストラム一人でイゾルデはマーク王の監視下に置かれる)。19世紀前半の学者による要約なので、編集者の意図が働いたのかもしれない(いずれ「アーサー王の死」を再読することになるだろうから、ここは追及しない)。
 ランスロットの冒険物語は、アーサー王の妻であるギニヴィアへの献身が動機になっている。当時の騎士は宮中の貴婦人の一人に永遠の忠誠の誓いをたて、言葉を掛けられる程度のことに喜びを感じていたのだった。前半のランスロットの冒険では、ときにギニヴィアの危機を救うこともあったが、後半のアーサー王の死(すなわち円卓の騎士グループの瓦解)になると、ギニヴィアをはさんだアーサー王ランスロットの対抗になる。アーサー王ランスロットに嫉妬し、彼が謀反を起こすと勝手に想像して円卓の騎士を招集してランスロットを攻め立てる。ランスロットは最初は防御のために争闘するが、次第に王への忠誠を思い出し、反抗を中止し、死を得る(あれ、ギニヴィアはどうなったのだっけ)。これなんて「銀河英雄伝説」? こんな茶々を入れたくなるくらいの物語の祖形を見る思い。
 少しふれたが、これが書かれたのは19世紀の前半。たぶんフランス革命後の反動期であるはず。普遍的な人間解放をうたった革命が挫折ないし簒奪されたあとに、国家や民族のような古い観念というか幻想のほうが大事だよ、といいだすようになったロマン主義の時代。そういう過程で国家や民族の古いもの、祖形に近いものとしてこういう中世文学や民話の<再発見>が行われたのだろうな。ドイツの同時代ではグリム兄弟の民話集の編纂があったのだし(あいにくペディエ「トリスタン・イズー物語」は19世紀末の編纂だった)。

    

2011/12/26 ドイツ民衆本の世界6「トリストラントとイザルデ」(国書刊行会)
2011/12/27 フランス古典「トリスタン・イズー物語」(岩波文庫)
2011/12/29 リヒャルト・ワーグナー「ロオエングリイン・トリスタンとイゾルデ」(岩波文庫)