odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

リヒャルト・ワーグナー「ベエトオヴェンまいり」(岩波文庫) 借金でドイツにいられなくなり、パリその他を放浪しながら、金のために書いた20代の小説(のごときもの)

 1813年生まれのワーグナーが20代のときに書いた小説(のごときもの、といわざるをえないな)を収録。「妖精」「恋愛禁制」「リエンツィ」などのグランドオペラは書いたものの、売れ行きはさっぱり。借金でドイツにいられなくなり、パリその他を放浪しながら、金のために書いたもの。小説(のごときもの)の完成度は低いが、のちの考えの萌芽がここそこにこめられていて、興味深い。なので、彼の作品を多く聞き、彼の生涯の概要がわかり、彼の主張するところなどの知識を得た上で読むと、面白いところは見つかる。たんなるドイツ文学愛好家だと、なんやこれ、になると思う。

エトオヴェンまいり 1840 ・・・ 若いドイツの作曲家Rが第9交響曲を作曲中のベエトオヴェン(ママ)に会いに行くという話。もちろん第9初演の年が1824年であるとすると、ワーグナーが実際に会うことを可能であっても、小説のような会話をできるはずもなく、何しろワーグナーがウィーンを最初に訪問したのは初演の9年後であるとすると、当然架空なのである。さて、物語は若い作曲家が楽譜だけでしかしらないベエトオヴェンに会いに行くと決心するところからはじまる。鉄道網のしかれる前はこうやってじかに会うしかないし、貧乏な音楽家はやはり貧乏旅行で移動するしかない。この種の挿話はたとえば学生時代のカラヤンにあり、トスカニーニの指揮するワーグナーを聞くためにバイロイトまでヒッチハイクしたというし、同じく大バッハにもその種のエピソードはある。さて、中盤は同じくベエトオヴェンにあいたい金持ちのイギリス人の俗人振りとそれに辟易するRとベエトオヴェンがユーモラスに語られる。最後はようやく会ったベエトオヴェンとの会話。「フィデリオ」を賛美するRに、ベエトオヴェンは音楽と言葉の融合を語り、「音楽劇」の構想を語る。これはすなわちワーグナーの思想そのものであり、第9交響曲がいまでもバイロイト音楽祭で演奏される根拠に他ならないだろう。最後にイギリス人への皮肉なオチもある。のちの楽劇台本はかつては有数のドイツ文学の書き手と称揚されたワーグナーではあるものの、同じ音楽家にして小説家のホフマンと比べるのはいささかホフマンに失礼か。

パリに死す 1841 ・・・ 上記の作曲家Rがパリで一旗上げようとして挫折する話。前半は意気揚々とした希望であり、後半は臨終の床にあるRの愚痴。なにしろRと友人「私」の書き分けができていなくて、モノローグを交互に読むことになり、素人の小説を読むようだ。さて、浅井香織「音楽の<現代>が始まったとき」(中公新書)などを参照して、当時のパリの楽壇をみるとき、はやりはロッシーニマイヤベーアグランドオペラ。大衆は合唱運動に参加し、貴族とブルジョアはサロンでショパンとリストを賛美していた。ワーグナーの崇拝するドイツの音楽、とりわけ交響曲は見向きもされない、という時代であったのだった。のちに「ローエングリーン」「タンホイザー」の上演でボードレールあたりの少数の崇拝者は生まれるものの、当時のパリはワーグナーに冷たかったのだった。あと19世紀前半のパリは政治の季節であって、インテリは政治パンフを作るなど文学、というか言葉の表現に注力していて、音楽にはさほど魅力を感じていなかったという状況もあった。実際、19世紀前半のフランスの作曲家で今に残るのはベルリオーズショパン(こちらは疑問符つきになるが)の二人くらい?

幸福な夕べ 1841 ・・・ 若い作曲家Rが、パリでモーツァルト交響曲変ホ長調ベートーヴェン交響曲イ長調(何番かわかるかな)を聞いてすっかりご機嫌になり、カフェでポンスを飲みながら気炎を吐いているところ。まあ、彼のいうには、音楽は神聖で永遠・無限・理想をあらわすものであり、情熱・愛情・憧憬の完全な表現であり、それを理解するには知恵と能力を必要とする、ということらしい。また冗談や描写を表現する音楽は二流のものであるらしい。まあ、後の楽劇はこの思想(のごときもの)にしたがっているわけではないし(マイスタージンガー第2幕フィナーレの乱痴気騒ぎとか、「ラインの黄金前奏曲ライン川描写とか)、この思想(のごときもの)の偏狭さではあるのだが、まあ目くじらを立てるものでもあるまい。若いってむこうみずで大胆なんだなあ、若いときの思想や決意というのを一生持ち続けるというのはまずないし持ち続けること自体はよいことでも正しいことでもないのだなあ、というロートルの感想。

素描の自叙伝 1843 ・・・ ほぼ30歳までの自叙伝。こんなに若くして自叙伝を書くのか、と彼の自意識にまず驚こう。彼の半生のポイントは、正規の音楽教育は受けていないらしいこと、それから激情的でむこうみずであり、かつ豪華な生活をするためにこの時期から借金に苦しんでいるというところ、あたり。まあ、嫌な奴、というのかな。

 驚くべきことは、ここに出てくる彼の若書き作品(シンフォニーとか「ルール・ブリタニア」序曲、Polonia Overture、Kaizer March、歌劇「妖精」、「恋愛禁制」など)を2011年には録音で聞くことができるということか。およそのちのワーグナーらしさはまるでない音楽なのだが、こんな断簡零墨まで録音されているのだよ。

「妖精」序曲
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コロンブス」序曲
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「恋愛禁制」序曲
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