odd_hatchの読書ノート

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レオポルド・ランケ「世界史概観」(岩波文庫)

 レオポルド・ランケが1854年バヴァリア国王マクシミリアン2世に行った歴史講義の記録。マクシミリアン2世は1856年に死去。その後を次いだのが狂王ルートヴィッヒ2世。講義の直前の1848年ドレスデン革命にはワーグナーが参加。というわけで、高校2年の時に読んだ(文字をトレースするのがせいいいっぱい)本が、その後の趣味とつながった。
 歴史は1830年ころまでのフランス革命後の「反動」により安定した社会の成立までを扱う。1854年は、フランス革命が同時代のできごとで、民主主義政体、それによる大量虐殺、選挙による独裁制の成立、国民国家の徴兵軍による革命の輸出というのが、隣国にとって脅威であった。その後の「革命」の評価との際に注目すること。
 多くの弱点がある。「世界史」と名づけられているが(題名は訳者のものなので、ランケには責任はないか?)、ローマから始まり主としてゲルマン地方に限定される。イスラムや中国は「野蛮」として退けられる(理由はキリスト教道徳を身につけていないから)。また直前のアメリカ革命やフランス革命の民主主義を衆愚政治として退ける。ここには、聡明な君主とそれを支える官僚たちの立憲君主制がもっともすぐれた政治体制であるという前提がある。
 ランケによって「歴史家」が「歴史学者」になったとされる。たしかにここには、ヘーゲルのような「歴史理念」はない。正−反−合という普遍的な「運動」があって、歴史こそこの理念の現れであるという、そんなイデオロギーはない。その点では「学」だ。
 とはいえ、ランケの立ち位置が皇帝の側近であるというところをみて、またここに書かれた歴史観(政治体制は立憲君主制が最高)というのをみると、まだまだこの人はロマン主義の人であったと思う。この本ではフス教徒の叛乱や異教徒の戦争をこてんぱんにけなしている(逆に十字軍を擁護している、それは十字軍でもっとも遠征者の多かったのはゲルマン地方だから)。この少し後にエンゲルス「ドイツ農民戦争」マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日」なんかが史的唯物論によってかかれたことを想起して微笑んだ。
 後気づいたことは、この歴史書がいささかのルサンチマンで書かれていること。バヴァリア国は成立からわずかな時間しかなく(だからローマ帝国とその後の神聖ローマ帝国の正当な継承者であることを力説)、イギリスのような宗教と政治の分離が行われておらず(だから、法王権の確立にこだわる)、フランスのような啓蒙主義が成立しておらず、産業革命に乗り遅れている。そういう遅れた国であることであるために、現実でもってこの国の優位性を説明することが出来ない。そこで、ローマとかゲルマンの民族性や仮構された歴史の正当性を持ち出すことになる。注意するのは、この本には「ドイツ」という言葉が使われていないこと。まだこの国をまとめる理念としての「ドイツ」はなかった。数十年後のニーチェトーマス・マンにはたくさんの「ドイツ」が現れる。