odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ピエール・ボーマルシェ「セヴィラの理髪師」(岩波文庫) 18世紀の起業家あるいは山師が描いた召使が貴族を虚仮にする物語。ロッシーニの歌劇の原作。

 老いた医師(それでも40代だろうが)が後見している若い娘がいる。彼女は美しく、どうやら資産もちであるらしいので、医師バルトロは娘ロジーナと結婚しようとしている。バルトロによっていわば幽閉されている美女に哀れを感じたアルマヴィーヴァ伯爵は、雇い人フィガロを使って、彼女に取り入り、バルトロの結婚を阻止しようとこころみる。
 のちに、ロッシーニによって歌劇になった高名なオペラ。岩波文庫版だとわずか114ページであるので、ロッシーニが作曲するにあたっては書き加えたシーンがたくさんあるはず。この戯曲を読みながら、プライが出演しアバドが指揮したDVDのシーンを思い出した。自分はロッシーニと相性が悪くて、さほど感心しなかった、好事家にはごめんなさい。
 さて、ボーマルシェは天性の作家ではなくて、起業家あるいは山師であったらしい。書斎にこもって沈思黙考する人ではなく、サロンや劇場で口角泡を飛ばし、ワインを飲みながらパンフレットを書き散らすような人であった。というわけで、戯曲として読むと、人の動き・ストーリーの展開などに機知を感じるにはいたらなかった。次作の「フィガロの結婚」のように上演禁止措置を受けることもなく、すなわち社会風俗の描き方としては当時でも常識の範疇にあったということになる。むしろこの人の生き方がフランス革命とどうかかわったのか、世界を活気つけたのかの方に関心をもったほうがよいかも。
 この戯曲のころ、伯爵とロジーナは20代の初めだったのだな。フィガロも同じくらい。それが次の「フィガロの結婚」のときには、伯爵は結婚生活に倦怠しているというから10年はたった後の話になるのか。初々しいロジーナも次作のころには目じりや首筋なんかを気にするようになっていて、そこはそれ、女の哀れということになるのかな。宝の山の後見人を奪われたバルトロは、後にフィガロたちに復讐を試みるのだが、その間やはり10数年。この期間をテンション高く生きるというのはつらいもんだと思うのだが、彼のエネルギーの源泉はどのあたりにあるのか、気になるところ。