odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ゲルハルト・ハウプトマン「沈鐘」(岩波文庫)

 これまでの自然主義的な作風、社会の矛盾の摘出を目指していた劇がここで一変する。「織工」から2年後の1894年、作者36歳の作品。

 登場するのは、鐘の鋳造家。よい音を作ることに執着した芸術家肌の職人ハインリッヒだ。かれが制作に絶望したとき、出会うのは山の妖精ラウテンデライン。彼女は芸術家に一目ぼれし、周囲の妖精やら森の魔やらの制止を振り切って、人間界に行くことを決める。そのきっかけになったのは、衰弱した彼に憐憫することによって流した一滴の涙。ここにおいて初めて山の妖精は感情、とくに愛情を知ることができ、それは永遠不変であるはずの妖精はもってはならないものである。以上が第1幕。
 第2幕は、芸術家ハインリッヒの住居。そこには妻が待っていて、衰弱し気絶したハインリッヒに驚愕する。しかし芸術家肌のこの男、山の上に供える鐘の鋳造に失敗しよい音が出ない上に、湖に落とすという大失策をしてしまったのだ。鐘の後を追って湖に入ってしまったあとの第1幕の様子を記憶していない。そこに、山の妖精ラウテンデラインが登場。ハインリッヒが記憶を取り戻すと同時に、エロスの感情が沸きおこり、ハインリッヒは生きる欲望を回復する。
 第3幕は再び山の妖精界。いまやハインリッヒは家を出て山中に居を変えた。その山は妖精に魔物の住処と聞こえて、ふもとの連中はおいそれと中に入らなかったのだ。そこに牧師がやってきて、ハインリッヒに忠告する。そろそろ家庭に戻り、人々のための仕事をせよと。ハインリッヒはそれを拒否し、自然の「神々」「神性」のために鐘楼を造るのだと言い放つ。すなわち、キリストの神を捨て、異郷の神(それはキリスト教流入以前の古い神々、ヴォータンやフライヤやローゲなど「ニーベルンゲンの歌」に描かれた神たちだ)に忠誠を誓ったものに他ならない。牧師は警告するが、ハインリッヒは湖に落ちた鐘が鳴らない限りは自分は不滅であるとうそぶく。
 第4幕は第3幕と同じで、そこにはハインリッヒの作業場がこしらえてある。彼はセムシの小人(原作にそう書いてあるのだ)を使って、鐘の鋳造にかかりきり。しかし技術と材料が伴わず、まともなものは作れない。すっかり憔悴したハインリッヒが休息するところに、森の魔物の代表ニッケルマンがあらわれ、看病するラウテンデラインともども二人を嘲笑する。そのような試みは挫折するしかない、と。ラウテンデラインはどうにかしてと頼むと、ニッケルマンはその男を捨ててわしの情婦になれと命じる。それを拒否すると、ニッケルマンは捨て台詞を残して消える。ここらへんはワーグナーの「ニーベルンゲンの指輪」のように生々しく人間くさい出来事だね。目覚めたハインリッヒに山を登る音が聞こえる。それは、彼の二人の子供(のような天使)。彼らが持ってきたのは妻マグダの涙。ハインリッヒは忘れていた妻を思い出し、自分が分を超えた契約をしたことを知る。そこに湖に投げ込まれた鐘の音が聞こえる。
 第5幕は、山の妖精の世界の没落。あわせてハインリッヒの築城した鐘楼の炎上。邪な願いと分を超えた欲望は、自然の力に復讐されすべてを廃棄しなければならない(キリスト教の神はとうぜんそのような欲望に援助を差し向けない)。ラウテンデラインは人間界の記憶を喪失してニッケルマンとともに永遠の彼方に出発することになり、ハインリッヒの前には一瞬の再会を夢見させてくれるがその代わりに命を差し出さなければならない3つの杯が用意されている。2つの杯を飲み干したところに、憔悴したラウテンデラインが現れ、もはやハインリッヒを知らないという。日没が来て、夜の闇を讃歌しながらハインリッヒは息絶える。
 物語はさかさになった「人魚姫」とみてよいのかな。ところどころにはニーチェあたりの生の哲学の残渣が見られたり、ワーグナー流の男の欲望を純化するためには乙女の自己犠牲が必要というこの時代思潮が反映している、と見てもよいかな。とはいえ、近代人ハインリッヒ(彼は勤勉な職業人で、労働規範を遵守するという凡庸な人物)がゲルマンの森のロマンに耽溺するのはもはや難しい。それくらいに彼の自意識は醒めている。というわけで、ちぐはぐな思いの残る寓話劇であった。
 主人公は「沈める鐘」であって、これをなんの象徴と見ればいいのかな。時を告げるものであるとすると、やはり近代の規律化された時間とか勤勉な労働社会であると見るべきだろうし、教会の楼等で鳴る鐘であるとするとキリスト教教義であるだろうし、まあ、そんなところだろうなあ。
 さて、ハウプトマンは時の学生あたりを中心によく読まれ、彼らの人心によく響いた作家であるという。どうやらワンダーフォーゲルあたりのドイツ学生運動にも影響を与えていたらしいが、そこまで調査する気にはなれないので、好事家の登場を待ちます。

  

 堀内敬三「音楽五十年史 下」(講談社学術文庫)を読んでいたら、浅草オペラの章でこの作品が登場していた。すなわち、1920年代に劇中歌として島村抱月、楠山正雄の詩、中山晋平小松耕輔の曲が作られたのだって。あと、レスピーギがオペラ化して1927年に初演した。日本の公演で使われたものかは不明。
レスピーギのオペラのアリア
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 アマゾンでCDを売っていた。