odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ベルトルト・ブレヒト「三文オペラ」(岩波文庫) 1928年ワイマール時代のドイツ資本主義を風刺。道徳が逆転しもっとも徳から離れているキャラに幸運が与えられるのを笑おう。

「ドイツの劇作家ブレヒト(1898-1956)が音楽家クルト・ワイルと組んで、オペラの革新、戯曲と音楽との新しい融合を試みた作品。ロンドンの警視総監と結んだ盗賊の首領マクヒィスが、多くの冒険ののち、絞首台に上がるかわりに爵位と褒章を授けられるという皮肉なテーマを展開。裕福に暮らす奴だけが安楽に生きられる社会を徹底的に批判した(カバーのサマリ)」
 これは千田是也による旧訳。別の訳者による新訳がでているらしい。まあ詳細は岩淵達治「三文オペラを読む」岩波書店でワイルの音楽ともども詳しい分析をしているので、興味のある方は読むがよろし。何が書いてあったかさっぱり覚えていないが。

 さて、盗賊団の首領メッキー・メッサー(オペラのほうの呼び名を使わせておくれ)は好色な色男。今回のターゲットは、「乞食の友」株式会社社長ビーチャムの娘ポリー。ちょっと脱線すると、「乞食の友」株式会社は乞食志望の連中にシマを渡すと同時に上がりの上前をはねる。古い香具師であるのだが、ちょっと変わっているのは、乞食をタイプ別にわけ、それぞれにふさわしい衣装と小道具を与え、演技指導をするということ。北杜夫にそんな設定の小説があったな。こんな具合にビーチャムは生産資本・商業資本の経営者であるわけで、彼の道徳観はすっかりブルジョアのものである(とはいえ彼一代で築いたものだから本人は無教養。そのために既存のブルジョア階級のインサイダーになることを熱望)。だから自分では働かず、部下の上前をはねるメッキーを嫌うのだ。こちらのメッキー・メッサーは貴族だな。もちろん代々受け継がれた所領(この場合は盗賊団)を管理するのであるが、同時に淫売窟に出入りして何人もの女のヒモとなって、金を引き出している。もう一人の重要な人物は警視総監のタイガー・ブラウン。公人としての彼は悪徳であるが(メッキーやビーチャムから贈賄を受けて便宜を図っている)、私人としては友誼に厚い(アゼルバイジャンかどこかの戦闘で命を救ってくれたメッキーに頭が上がらない)。こういう分裂した人物。緊急事態には対処できずにおろおろするだけで威厳のかけらもない。こんな風に、人物像と彼らの居場所がミスマッチしているというのが最初の笑いどころ。
 第1幕は、(1)ビーチャムが「乞食の友」の経営を見せつける、(2)メッキーが工場でポリーとの結婚式を揚げる、そこにタイガー・ブラウンがきて苦りきっている、(3)ビーチャムが娘ポリーの結婚に反対し、メッキーを密告する決心をする。
 第2幕は、(1)逮捕の手が伸びていることを知ったメッキーがポリーに全権を委譲して逃亡を図る、(2)拘置所で逮捕されたメッキーが看守を買収して逃亡、それを知ったタイガー・ブラウンが絶望、(3)ポリーが登場し、メッキーがタイガー・ブラウンの娘ルーシーと結婚していることを知り、ポリーは絶望。
 第3幕は、(1)女王の戴冠式の当日、ビーチャムは配下の乞食を集めてタイガー・ブラウンを追い詰める示威運動の準備に余念がない、ブラウンが哀訴に現れるので、ビーチャムは取引を持ち出す、(2)ポリーとルーシーの仲直り、(3)淫売窟のジェニーの密告で再逮捕されたメッキーがついに逃亡を諦める、(4)絞首台への道、いよいよというときに国王の馬上の使者が現れる。メッキーに恩赦が下り、そのうえ爵位と年金が与えられる。
 まあ、こんな具合に道徳が逆転しているわけで、ここには同情とか友愛とか普通重要とされる徳を持っている人はどこにもいない。その中でも、もっとも徳から離れているメッキーに幸運が与えられる(それもギリシャ悲劇のデウス・エクス・マキナのような恩寵である)ことが笑いのツボ。本当は、この暗黒街の物語が観客自身の姿に他ならないということを作者は指摘したかったのだろうが、自分を含めた観客はそんな批判精神を微塵も感じることなく、珍奇な舞台と御伽噺を消費するだけである。中身のないはずのメッキーがダンディで格好良いとか、ポリーやルーシーたちが好色でよいとかで受けるのだろうね。

  

  さて、これは音楽付きで楽しみなさいというのがブレヒトとワイルの願い。なので、全曲盤はアンサンブル・モデルン
Dreigroschenoper: Ensemble Modern : ヴァイル、クルト(1900-1950) | HMV&BOOKS online - 74321661332
 か、初演直後のヒストリカル盤が面白い。
Music Of 20th Century | HMV&BOOKS online - 9031.72025
 あとブレヒト・ワイルを直接知っていたロッテ・レーニャのソング集も聴くべし。
The Seven Deadly Sins: Lotte Lenya, Etc : ヴァイル、クルト(1900-1950) | HMV&BOOKS online - MHK63222