渡辺照宏/宮坂宥勝「沙門空海」を読んでいたので、平衡を取るために最澄を読みたいと思って入手したのがこれ。
「けわしい求法の道をたどり、苦悩する桓武帝を支えた最澄の生涯を、遠い歳月をこえて追跡する。北叡山開創一千二百余年、不滅の光芒を放つ宗祖伝教大師の人間と思想を、雲走り風騒ぐ激動の時代の中に描く歴史大作。(裏表紙のサマリ)」
愚直で求道者で政治音痴な桓武天皇の意図を達成したいと願って、ついに成果を生み出せなかった宗教家。作者のみる最澄像はこんな感じ。唐に渡るほどの知性の持ち主であるが、留学先では自分の興味に触れるものだけを吸収。それは自分にはよいとしても、国家建立の使命を持つものとしては、獲得したものが少なく、帰国後には干されてしまう。
空海が最新情報を持ち帰り、桓武以後の政治情勢にしっかりと寄り添い、かつ詩文の才覚に溢れ、治水・建築の技術も持ち、最高の知性の持ち主であったのと比べると、この人は思想ではなくて、人生において魅力のある人ということになるのかしら。晩年には京都を離れて、東国に移動する。政治にも宗教の組織者としても挫折しているわけだ。そこのところに共感するのだろう。
(空海の知性は、あまりにすごすぎて、彼の弟子や後継者は新しい知見を展開・追加ことはできなかった。一方、最澄の不完全さはその後の人たちの関心をよぶ。数百年後に、比叡山で学んだ僧が鎌倉仏教を作り上げたのは、そのあたりに理由があるらしい。荒俣宏「神秘学マニア」(集英社文庫)か荒俣宏「本朝幻想文学縁起」(集英社文庫)に、空海の思想のサマリと影響がまとめられていたと思うので、参照のこと。)
同時に桓武天皇のことも書いていて、若い理想論をもって、国内改革を推進したかった。彼のもくろみは、政治権力が天皇家から他の部署に移っているので、もう一度天皇家に集約するということ。周囲の反対もあって挫折(長岡京の造営とか)。同時に辺境諸国の反乱もあって、治安が乱れ、高い税が人々を苦しめる。結局のところ、彼の改革の挫折は、短期的には天皇の直接統治ができなくなり、長期的には武士を生むことになる。まあ「古代」を完成しようとして破戒してしまったのでしょう。最澄も若い桓武天皇に感情移入し、彼の命運と己の人生を共にしたということになる。
この小説、楽しめたかというと、あいにく。この小説でも作家のスタンスは、最澄というのは才はあるけど運はないし、桓武天皇はやんちゃで起業アイデアはたくさんあるけど人望がない。ダメな父や叔父にあたる最澄とできの悪い息子や従弟にあたる桓武天皇を助けてあげたいという風。こういう人間味のある視線に共感できなかった。あと心理の記述が多くて、政治と経済の話がすくないというのも自分には物足りないところ。